カンボジア・アンコールワット遠景

 一読法を学べ 第 21-5号

「実践編 九 一読法はなぜ通読をしないのか(その二の5)」




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『 御影祐の小論 、一読法を学べ――学校では国語の力がつかない 』 第 21-5号

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           原則週1 配信 2019年11月29日(金)



 九節(4)の後半です。「利己主義」について裏の感情を探ります。通奏低音のように流れている「一読法ではなぜ通読をしないのか」を頭の片隅に置いてお読み下さい。なお、またも長くなったので、[十]以下は次号に回しました。

 九 一読法はなぜ通読をしないのか(その二) [小見出し]
 (1)一読法による『鼻』の授業実践(前半復習)
 (2)芥川龍之介『鼻』の授業実践(後半)
 (3)前節復習――『鼻』の解釈新発見について
 (4)「傍観者の利己主義」について
 [一] 傍観者の利己主義とは?
 [二] 明が欠けた内供、愛すべき内供
 [三] 内供が陥った□□□過剰
 [四] なぜ自分の内心を明かせないのか

  [以下今号 小見出しの小見出し
 [ 五 ]  利己主義者が抱く裏の感情
 [ 六 ]  傍観者が抱くひそかな感情
 [ 七 ]  批判を悪口と受け取る利己主義者
 [ 八 ]  遠くの傍観者と近くの傍観者
 [ 九 ]  時空を決定する近くの傍観者

以下次号
 [十] 『鼻』の語り手は作者か?
 (5) なぜ通読をやめようと言うのか


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 実践編 目 次
 実践編前置き(1)・(2)
 一 社会(日本史)
 二 社会(文化史)
 三 現在の学校で一読法を実践するには
 (1)一読法授業で「予習をしない」わけ
 (2)現在の学校でひそかに一読法を実践するには?
 四 誤答率四割の原因を探る
 (1)誤答率四割の原因について
 (2)一読法でも誤答率四割
 五 挫折に終わった一読法授業、その一
 (1)試験時間を増やすか?
 (2)挫折の原因、一つ目は……
 六 実践編執筆の裏話と卒業試験問題
 (1)初稿から変化した思い
 (2)最初の仕掛け
 (3)次の仕掛け
 (4)前節「挫折の原因、一つ目」が長くなったわけ
 (5)一読法卒業試験問題
 七 国語教材と日本史教材の違い
 (1)卒業試験問題の答え合わせ
 (2)『原始、女性は太陽であった』は国語教材か
 (3)『原始、女性は太陽であった』を国語科で読むと
 (4)国語と社会の連携
 八 挫折に終わった一読法授業、その二
 (1)挫折の原因、二つ目は……
 (2)再び三読法に戻る
 九 一読法はなぜ通読をしないのか(その一)
 (1)一読法は先を読むのを許さない
 (2)芥川龍之介『鼻』の授業実践(前半)
 九 一読法はなぜ通読をしないのか(その二)
 (1)一読法による『鼻』の授業実践(前半復習)
 (2)芥川龍之介『鼻』の授業実践(後半)
 (3)前節復習――『鼻』の解釈新発見について
 (4)「傍観者の利己主義」について―――――――――本 号
  ・なぜ「傍観者の利己主義」と書いたのか
  ・『鼻』の語り手は作者芥川龍之介か
 (5)なぜ通読をやめようと言うのか

 十 実践編の「まとめ」

 理論編・実践編の後書き

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 理論編 目 次
 前置き
 一 国語(現代文)の授業は三読法
 二 人の話を三読法で聞けるのか
 三 結末に早く到達したいと考える悪癖
 四 結論が大切か途中が大切か
 五 一読法の読み方
 (1)題名読みと作者読み
 (2)つぶやきと立ち止まり読み
 (3)予想・修正・確認
 (4)共感・賛同・反発
  読み終えたら……
 (5)記号をたどって作品を振り返る
 六 まとめ(その1)・(その2)


 本号の難読漢字
・被(こうむ)る・復旧(ふっきゅう)・憤懣(ふんまん)・鎌首(かまくび)・昂揚(こうよう)・納得(なっとく)
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************************ 小論「一読法を学べ」*********************************

 『 一読法を学べ――学校では国語の力がつかない 』 21-5

 九 一読法はなぜ通読をしないのか(その二の4)

(4)「傍観者の利己主義」について

[五] 利己主義者が抱く裏の感情

 さて、前号後記の宿題、自分さえ良ければいいと考える「利己主義者」が抱く裏の感情とは何か。私は生徒に尋ねます。
「次に傍観者の利己主義に敵意が生まれるわけを考えてみたい。傍観者をひとまず外すと、利己主義者が敵意を感じやすい理由は想像できる。実は自分さえ良ければいいと思う利己主義には裏の感情がある。それが敵意を生み出すんだ。さて、裏の感情って何かわかるだろうか」
 ――と質問しても、さすがに答えは返ってきません。

「じゃあ、『自分さえ良ければいい。裏にある感情?』とゆっくり十回となえてごらん」と言ってとなえさせると、「やっぱりわからない」から「何となくわかる気がする」生徒が出るものの、説明するのは難しすぎるようです。

 私は黒板に「利己主義者」、その下に「人型」を十ヶ書き、一個を「自分」として上向き矢印を付け、「表の感情(自分さえ良ければいい)」と書きます(ここは「人」で代用します)。
 そして、下向きの矢印も付けて……「この( )に入る感情だ」としてさらに考えてもらいます。読者もしばしお考えください。
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[ 利己主義者 ]
     表の感情(自分さえ良ければいい)
          ↑
 人 人 人 人 自分 人 人 人 人 人
          ↓
     裏の感情(                        )
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 これでもわからなければ、「では良いの反対は?」
「悪い」
「自分さえ良ければ……の逆だ。自分が悪い、自分だけが悪い目にあう……横並びの中で他の人には起こっていないのに、自分一人だけひどい目にあうとしたら、どう感じる?」
「許せない、我慢できない気持ちになります」
「君らよく怒って言うじゃないか。何か注意すると、先生はどうして自分ばかり注意するんですか。他の人も注意してくださいと。自分だけ悪く思われている。そして、不当な扱いを受けている。そう感じるから出る言葉だよね。たとえば、白バイ警官がスピード違反を摘発すると、多くの人が『どうして自分だけつかまえるんだ。他にもたくさんいるじゃないか』と言うそうだ」

 こうして利己主義者が抱く裏の感情にたどり着きます。( )の中に「自分一人だけひどい目にあうのは我慢できない」と書き込みます。

「利己主義者の自分さえ良ければいいという裏には、自分だけひどい目にあうことは許せない、耐えられないという感情がある。言わば自分だけ利益を得ることは大歓迎。だが、自分一人不利益を被(こうむ)ることは絶対許せないと感じる。これも利己主義者の大きな特徴だ。そして、これが利己主義の裏にひそむ感情であり、人に対して怒りとなって発散されやすい。

 たとえば、レストランとかいろいろな場所で、多くの人はこれで普通と思っているのに、一人だけ何かしら怒ってクレームをつけている人にこのタイプが多い。あるいは、鉄道の人身事故で電車がストップした。多くの人は仕方ないと再開を待っているのに、一人だけ駅員に怒りをぶちまけている。このような人だ」

 ――と例を挙げると、「先生。どちららも自分一人だけ不利益を受けた例じゃないと思いますけど」と声があがります。
「そこが利己主義者のうかつなところであり、自分のことしか考えていないから、そのような行動として表れるわけだ。

 前者の例はある男が初めてのレストランに入ったら、席はほぼ埋まっていた。彼は空いていた席に座って注文した。すると、五分から十分後、周囲の人たちに料理が次から次に来て、みんなおいしそうに食べ始めた。もちろん彼は待った。だが、五分経っても十分経っても彼の食事は出てこない。入店してからもう二十分は待った。彼は店員を呼んで怒鳴った。なんでオレのはこんなに遅いんだと。さて、彼はあることを知らずに店に入ったので、こんな事態になった。この場における真実は?」
 私の問いにすぐ気付く生徒と、わけわからない顔をする生徒に分かれます。

 答えはもちろんこのレストランは料理ができるまで三十分ほどかかるのであり、彼以外の人はすでに二、三十分前から来て待っていた。そして、そのことはレストランのドアに貼り紙がされていた。だが、彼はそれを見落としたので、自分一人だけひどい目にあわされていると感じて店員を怒鳴りつけた……。

「では、次の鉄道事故の場合はどうか。注意したいのはこのような状況で、駅員にクレームを付けている人は『どうしてホームに転落防止の柵を設けないんだ』と言って怒っていることだ。多くの人は『それは正論だが、今ここで言っても仕方ない』と思っている。だが、彼はしつこく自分の意見を主張し、駅員はすみませんと謝っている。

 実は彼が怒っているのは利己主義者らしい個人的な理由を抱えているからだ。彼はそのことには触れたくない。他の連中はのんびり復旧を待てるが、今日の自分は特別なんだ、との思いがある。いらいらして『どうして今日に限ってこんなことが起こるんだ』との思いが怒りとなって駅員に向けられる。さて、この人が抱えている個人的な事情とは何だろうか?」
 ――と問えば、これもなかなかの難問です。

「ほらほら。いろいろ可能性を考えなきゃ、明の欠けた人間だと芥川龍之介に言われるよ」とヒントを出しながら、推理してもらいます。
「もちろん彼が純粋に転落防止柵の必要性を訴えている可能性はある。この機会を利用して言っておこうと考えたわけだ。だが、それなら怒る必要はない。また、末端の駅員に言ってもらちが明かないとも言える。駅員だって『私も同感です』と思っている人が多いだろう。だから、彼には怒る理由、個人的な何かがある。

 たとえば、誰かと時間を決めて待ち合わせの約束をしている。相手が家族とか仲のいい友人だったら、携帯で連絡して遅れると言えばいい。相手もわかったと待ってくれるか、約束をキャンセルすることができる。この理由なら、別に怒るほどではない。
 そうなると、どうしても怒りたくなる理由とは待ち合わせの相手が待ってくれない人、あるいは、『じゃあ待っています』と言ってくれたけれど、相手の心証を害し、結果自分にいやなこととしてはね返ってくる可能性があることと考えられる。

 一例をあげるなら、取引先との重要な約束などだ。この後数億円規模の交渉を始めることになっている。それはほぼ最後の交渉で、ぜひ成功させたい。一応時間に遅れますと連絡した。相手は仕方ないねと言いつつ、不快そうな返答だったと感じる。もしもこれで取引が失敗したら、一体誰がこの責任を取ってくれるんだ。責められるのは私じゃないか。
 だが、こんな個人的事情を人に話す訳にはいかない。そう思って苛立ちと不安、不快を募らせ、誰かにこの鬱憤を吐き出さずにはおれない……と思って駅員に『この会社はなぜホームに防護柵を設けないんだ!』と怒りをぶちまける。

 実はここには自分への怒り、上司への不満もある。どうしてもっと早く会社を出なかったのだろうと後悔する。一時間前に出れば、向こうには一時間前に着く。もちろん早すぎても良くない。だが、喫茶店で待てばいい。ところが、うちの上司はそういうことを認めないやつだ。約束の時間は何時だ? そんなに早く行くことはないだろうと言うようなやつだ。なのに、失敗すると部下に責任を押しつける。だから、私はこんな目にあうんだ、と上司への憤懣も彼の怒りを増幅する」

 生徒からは「なるほど」の声が漏れます。「大人って大変だ」とも。
「そして、気付いたね。利己主義者が抱く感情の裏にある、自分だけは特別だ、自分だけがひどい目にあうのは我慢できない、許せないという感情は怒りとなって、敵意として誰かに向かいやすいんだ」

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[六] 傍観者が抱くひそかな感情

 それでは「クレーマーの周囲にいる私たちはどうなるか?」と問えば、生徒は「間違いなく傍観者になります」と答えます。
「そう。我々はレストランでクレームを付ける人も、駅員に怒りをぶちまけている人に対しても、あまり関わりたくないと思う。だから、知らんぷりして傍観者になる……」
 とまとめた直後「それだけでなく、傍観者となった我々には、ある感情が心の奥に芽生える。この場合、レストランのクレーマーに対して特に感じる。かすかな感情なんだが、わかるかな?」と問います。

 もしもそのレストランにいたらどうか。開店当初から来た人はみな、このレストランはとても丁寧に調理しているから三十分はかかることを知っている。しかも、注文を受けてから作り始める。だから、開店直後から来て待っていた。そして、食べ始めてとてもおいしいと思い、誰かと一緒なら楽しい会話を交わしつつ、食事を堪能している――などと補い、
「そのとき君が店にいたら、突然怒り出した男に対してどんな感情を抱くだろうか」と聞きます。

 生徒からは「せっかくおいしい料理を食べているのに、こちらも不愉快になるし、バカじゃないのとか、どうしてドアの貼り紙も読まずに入ったんだとか、その人を責めたい気分になると思う」との答えが返ってきます。
「そう。うかつなクレーマーに対して我々は傍観者だけれど、あいつは不愉快な人間だと感じる。それこそ消極的な敵意ではないか。もしかしたら、ああいう奴は店から追い出してしまえ、と思うかもしれない。これはもっと過激な積極的敵意だ」
 ここで生徒から「そうか。だから傍観者であっても相手に対して敵意を感じることがあるんだ」といった言葉が漏れます。

「ただし、いつでもクレーマー当人に対して敵意を感じるとは限らない。駅のホームで『なぜ防護柵を設けないんだ』と怒っている人に関してはむしろ同感の思いの方が強い。彼の意見は正論だから。クレーマーと呼んだら、『心外な』と言われるだろう。
 では、そのとき周囲の傍観者に敵意は生まれないかと言うと、やはり敵意が芽生えている。この傍観者はクレーマーの言葉を聞いて内心の敵意に気付く。彼は誰に対して敵意を覚えるのだろうか?」
 ――と問えば、「対応している駅員ですか」との答えに対して「違う。鉄道会社だ」と訂正する生徒が現れます。

「その通り。謝っている駅員に対して同情を覚えこそすれ、敵意は感じないだろう。そこにいる傍観者はこう思う。毎朝毎夕満員電車に揺られて通勤しているのに、複々線化の工事はちっとも進まない。ホームの防護柵だって作る気配もない。普段からそう思っている人はそのクレーマーに対して『そうだ、そうだ。もっとやれ』とはやし立てたい気持ちになる。

 この傍観者に待つことによる特別な不利益はない。むしろ堂々と遅刻できるので『たまにはこれもいい』と感じているかもしれない。だが、鉄道会社とか世の中のもろもろに対する不満を抱える傍観者ほど、それが敵意となって徐々に鎌首をもたげてくる。
 もしもホームのクレーマーが『駅員に話してもらちが明かない。ここの駅長と話をしようじゃないか』と言い出すと、傍観をやめ『一緒に行こう。みんな行こうじゃないか』と周囲に声をかけ、みんなで駅長室に向かって歩き始める。中には『何だか面白いことになってきたぞ』と昂揚感も覚える人もいるだろう。

 つまり、傍観者でも普段から不満や不快を抱えている人ほど、敵意は積極的な行動として現れる。本当は駅長さんも駅員と同じ事を考えている可能性が高いのに、そこまで考えが及ばない。とにかく責任ある者の釈明とか謝罪の言葉を聞きたい、それで鬱憤が晴らせるならと思って傍観者は集団行動に参加する。こちらは真の傍観者に対して『隠れ傍観者』と呼んだ方がいいかもしれない。

 ところが、駅長さんが集団でやって来るクレーマーたちに恐怖を感じ、危険だと思って警察に電話すると、事態はどんどんひどくなる。そのような未来も予想できる……と思ったその他大勢の傍観者は一緒に行動することはない。『馬鹿な連中だ』とつぶやいてスマホゲームをやりながら、じっと電車の再開を待つ……」

 ここで傍観者が示すもう一つの特徴も説明します。それは《陰口》。陰口とはその人のいないところで言う悪口のこと。
 レストランで傍観者としてクレーマーを見ていた我々は、食事を終えて外に出ると、同伴者に言います。一人なら、内心こうつぶやくでしょう。
「なんだあの野郎は。せっかくの楽しい時間を台無しにされた。あんな自己チュー人間はきっと地獄に堕ちるぞ」と。
 すると同伴者も「本当。ひどかったねえ」と相づちを打つ。

「さすがに地獄に堕ちるとは言わないだろうね。これは『鼻』の治療をしてくれた弟子を思い浮かべているんだ。レストランの中でその客に対して何も言わなかった。何も言えないだけに、傍観者は当人のいないところで陰口をたたく
 すると、こう指摘された傍観者は口をへの字にして『悪口とか陰口だなんてとんでもない。正当な批判だ』と反論するだろう。それに対して『では、どうしてその場で言ってあげなかったのですか』と問えば、口ごもりつつ『そんなこと……言えませんよ。知り合いでもないし』と答えるだろう。『では知り合いだったら言えますか』と追及すれば、この傍観者は返事に窮すると思う。
 なぜ面と向かって言えないのか。それもまた利己主義が持つ裏の感情だ。

 内供が意地悪く叱りつけるようになったとき、陰口を言う人はたくさんいたはずだ。だが、作者は陰口をたたく人として鼻の治療をしてくれた弟子の言葉だけを取り上げた。
 その弟子は内供の状況をよく知り、治療法を探し、施術してくれた、とても親切な人だ。内供に同情していた彼は単なる傍観者ではない。だが、態度が豹変した内供を見て彼は知らんぷりする傍観者に変貌した。

 本当は内供に『最近へんですよ。どうしたんですか』と忠告しても良かった。だが、彼はできない。それは内供の策略に気付き、反感があったから――だけではない。彼は同情する傍観者から利己主義の裏の感情にとらわれ、臆病な傍観者に変わったんだ。
 内供に何か言ったら、それこそ内供からもっと意地悪く叱りつけられるかもしれない。その未来が予想できる。それはたまらない。余計なことはしない方が身のためだ。そう思ったからこそ、彼は内供に何も言えず、ただ陰口をたたくことしかできなかった。
 実は正当な批判であっても、それを悪口と感じやすいのが利己主義の特徴でもあるんだ」

[七] 批判を悪口と受け取る利己主義者

 さらにレストランのクレーマーが陥る、孤立無援の《地獄》もあります。
 店員に怒りをぶちまけると、当然店員は「すみません。うちは料理ができるまで三十分はかかります。入り口にそう書いてあったんですが……」と言って頭を下げる。
 周囲の人は「別に謝る必要はないのに」と思う。

 生徒に「これで彼の怒りはおさまるだろうか」と問えば、A「納得して黙ると思う」と、B「納得せずもっと怒るかもしれない」に分かれます。
「納得すると答えた人に理由は聞かない。それで一件落着だから。だが、納得せずに怒り続けると答えた人には理由を聞きたい。なぜそう思うんだ?」
 ――と質問すると、「うまく説明できません。ただ、なんとなく……」との答えが返ってきます。

 余談ながら、私はときどきこういう意地悪な質問をして生徒を困らせます。クラスの半数くらいにこの質問を繰り返して「Aです」、「Bです」と答えさせたあげく、
「AかB、どちらも可能性があるからともに五〇点だ。だが、B『もっと怒るかもしれない』と答えた方は理由を説明できなければ、減点する」と。
 当然Bと答えた生徒から非難ごうごうの声が挙がるので、「わかった、わかった。それじゃあ、理由を説明できた人にプラス点をあげる」と応じると、みな一生懸命考えてくれます(これぞ「朝三暮四」の授業版です)。

「さてBの理由だが、私も怒り続ける可能性の方が高いと思う。ここでも利己主義者の特徴がいかんなく発揮される。おそらく彼は店員の指摘に対して『あんな小さな字じゃ読めないじゃないか』とさらなるクレームを付けて怒りを増幅させる。見なかった訳ではない。文字が小さかったから見落とした。小さな文字で書いたお前たちが悪い、と言いたいわけだ。自分のミスを認めようとしないのも利己主義者の大きな特徴だ。
 近くの人はやれやれと思ってあきれる。結構大きな文字で書かれていたとみんな知っているからだ。こういうのを言いがかりと呼ぶ。

 これは長の立場にいる人とか、自分は偉いと思っている人の特徴でもある。彼は自分の過ちや失敗を人から指摘されることが好きではない。特に目下の者、部下や格下の者から批判的に言われることは屈辱だと感じる。
 ここでの店員は彼にとって格下の者だ。それが『ドアに貼り紙をしていたんですけど」と言われれば、暗に「気付かなかったのか』と批判されたと感じる。それはとても正当な批判で、反論のしようがないはず。だが、彼は自分がうかつだと悪口を言われた気がした。だから、彼の怒りはおさまらない。貼り紙の文字が小さいなどと屁理屈をつけて自分は正しいと言おうとする。
 そして、このクレーマーにとって情勢は非常にまずい。周囲の人たちはみな店側の味方だ。彼のクレームに加勢してくれる人は一人もいないと感じる。彼は孤立無援で闘わねばならない。あっさり敗北を認めればいいのに、彼は振り上げたこぶしを下ろすことがことができず、店員を攻撃し続ける……」

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[八] 遠くの傍観者と近くの傍観者

 では、ここにいた傍観者たちはどうすれば良かったのか。策も何もなくただ見ているしかなかったのか。確かに人のことなどどうでもいいと感じて眺めるのが傍観者の特徴ではある。だが、やれることはなかったのだろうか。

「ここでちょっと考えてみたいことがある。傍観者も実態をよく見れば、決して同じではないことに気付く。むしろ一括りにしない方がいい。と言うのは、遠くの傍観者と近くの傍観者に分かれるからだ。
 たとえば、この教室をそのレストランとしよう。教壇のすぐ前にいるA君がうかつなクレーマー。隣のBさんが店員として、ちょっとこの状況を演じてごらん」
 ――と言うと、生徒二人は結構楽しげに怒鳴ったり、謝ったりする様子を演技してくれます。

「すると、当事者二人以外の人はみんな傍観者だ。ただ、最前列近くにいる人と、後方や左右遠くにいる人に分かれる。二人の近くにいて傍観者となった人を《近くの傍観者》、遠くにいて『おやー何事だ?』と眺める人を《遠くの傍観者》と呼ぶことにする。

 すると、遠くの傍観者はA君が『どうしてオレの料理は出るのが遅いんだ!』と叫んだとき、初めてA君の状況を知る。だが、近くの傍観者である数人はどうだろう。たとえば、A君。もしも君の料理がなかなか出てこないと思ったら、どういう様子を見せるか。やってごらん」

 ――と言えば、A君は座ったまま机をとんとん叩いたり、貧乏揺すりをしたり、あっち見たり、こっち見たりといらいらした様子を演技してくれます。なかなかの芸達者で「うまいじゃないか」と誉めます。
「では聞こうか。窓際最後尾のCさん。君に今のA君の様子は見えたかい?」
「いいえ。見えません」
「では廊下側最後尾のD君。そっちはどうだ?」
「立ち上がれば見えるけど、座っているとわかりません」
「そうなんだ。遠くの傍観者にはA君がいらいらしている様子は見えない。なら、近くに座っている君たちはどうだ?」とA君の後ろと左右の数人に聞きます。
 A君の後ろには部活が同じE君がいます。彼は意味ありげな笑みを見せつつ、
「わかります。これだけはっきり見せてくれれば、Aが何かしらいらついているなと」
 他の人も同じような答えです。

「ここで君たちが傍観者でありながら、明のある生き方をできるかどうかが問われる。遠くの傍観者は事件が起こるまで気付かない。だから、どうすることもできない。何か事件が起こりそうだと感じるのは、そしてこの事件を未然に防ぐことができるのは近くの傍観者だけだ。

 A君がいらいらしている原因は何だろうと推理する。料理がなかなか出てこなくていらついている可能性が一番高い。だが、待ち人が来なくていらついているのかもしれない。ここでも可能性は一つではないから、彼にすぐ声をかけるのは難しい。
 もしも前者だったら、そして何か独り言をつぶやくとしたら、A君、君ならなんと言う?」
「そうですね。なんだよ、もう二十分も待っているのに、どうしてオレのは出てこねえんだ、とつぶやくと思います」

「当然A君のつぶやきも遠くには聞こえない。しかし、近くの人には……聞こえる人と、やはり聞こえない人に分かれる。聞こえないのは同伴者との会話や食事に熱中している場合だ。会話が途切れたときなら聞こえるかもしれない。一人だったら黙々と食べているので、A君の様子に気付くし、彼のぼやきも聞こえる。ああ、この人は料理が遅いことにいらついているとわかる。

 ここでどうするか。また二つに分かれる。気付いたけれど、依然として傍観者のままであり続け、知らんぷりするか。あるいは、A君に一言教えてあげるか……。

 私たちは遠くの傍観者である限り、A君が怒り始めるまでわからないからどうすることもできない。また、近くにいたからと言って必ず気付くとは限らない。だが、近くにいてA君のいらいら状態に気付いた人は、A君が怒り出すかもしれないと予想できる。どうだい? 声をかけることができるかな?」

 ――とA君近くの数人に聞けば、「難しい」と答える生徒が多く、クラス全員に「近くの傍観者になったとき、君ならどうだ?」と聞いても、「なかなかできないと思う」と答える生徒がほとんどです。

 後ろのE君は「Aと二人だったら、何か言えると思うけど……」と答えます。
「そうなんだ。もしもA君とE君の二人がこのレストランに入ったら、『遅いなあ。ちょっと店の人に聞いてみよう』と言える。だが、A君一人だ。そして、周囲はみな初対面ばかり。A君だって聞きづらいし、近くの傍観者も初対面のA君に声をかけることは特に難しい。

 また、A君のように優しそうな人なら言えるけど、ガタイがでかくてテレビによく出る悪役のような顔した人だと、ほとんど無理だ。それにA君がさっきつぶやいた言葉は結構乱暴な感じだった。外見は優しそうに見えても、言葉遣いが乱暴だとこれまた難しい。やっぱり関わりたくないと思う。

 でもね、いらいらした様子を見せている人とか、小さな声でつぶやいている人は決して乱暴な人ではない。そのときの彼は利己主義者と言うより、むしろ臆病な傍観者の面が強い。さて、この理屈はどう思う? 誰か説明できる人いるかな?」

 ――と問えば、これもまたチョー難問のようです。そこで、次のように補います。A君がそろそろ自分を例とされることに不満の顔を見せ始めたので……。
「A君とした方が短く言えるので、悪いけどまだA君で通すね。A君がどうしてオレの料理はまだ来ないんだ、と怒鳴ったとき、彼は自分一人不当な扱いを受けた利己主義者として怒っている。だが、その前にいらいらしたり、小声でつぶやいているとき、彼は自分の内心を明かしていない。

 ここは怒り出す前に隣の人に聞けばいい。店員に聞けばいいんだ。『どうして遅いのだろうか』と。たったそれだけのことで、彼のいらいらは解消される。たぶん怒ることもないだろう。
 いや、怒りは消えないかも知れないけど、遅れている理由はわかったので、これ以上待てないと思えば、注文を取り消して席を立つか、あと十分待つだろう。だが、彼は尋ねることをしない。なんでしないんだ?」
 ――と聞けば、生徒は「怖いから。内心を明かさない傍観者になっているからですか」と答えます。

「そうなんだ。内心を明かさないことが傍観者の利己主義の特徴であり、明の欠けた人の特徴だった。A君の内心を推理するなら、自分一人だけ料理が遅いことを不当な扱いだと感じている。だが、たかが料理のことだ。それを待つことさえできないのか、と心の中で批判する声も感じる。店員にそれを聞くのは恥ずかしいし、聞きたくない。

 実はもう一つ理由があって、意外かもしれないけど、この臆病な傍観者は未来を予想している。このことを店員に聞くと、いやなことが起こりそうだと感じているんだ。それは内供が自分の内心を明かさないのと同じ。悪い未来ばかり予想すると、人はなかなか行動できない。

 今しも店員に聞くことが《明のある》生き方だと言った。だが、それを聞いて店員から『うちはできるまで三十分かかります。入り口に貼り紙をしていたんですけど……(気付かなかったんですか)』と誰もが納得する理由が示されたとき、貼り紙を見落とした自分はうかつで、愚かだとバカにされる未来がやって来る。A君は周囲の視線と、口の端に浮かぶ笑みを嘲笑の嗤いだと感じるだろう。

 もちろん店員がなんと答えるか、内容までは予想していない。それにいらついているから予想できない。ただ、聞くと何か悪いことが起こりそうだと感じている――これもいろいろ考えるけれど、行動できない傍観者の大きな特徴だ。

 みんなはさっき近くの傍観者になっても、声をかけることは難しいと言った。そのわけを尋ねるなら、やっぱり怖いからだろ? 声をかけてその先にいやなことが起こりそうだと感じたら、声をかけることはできない。だが、心の中で誰か、観音様が言っている。『声をかけてもいやなことは起こりません。むしろいいことが起こります』と。それを信じることができたら、声をかけることは難しくない。

 一方、料理が遅いことにいらいらして爆発寸前のA君は傍観者となっており、自分のカラに閉じこもって何も行動できない。そこで『誰か、オレの気持ちをわかってくれよ。助けてくれよ』と思って小さな動作、小さなつぶやきを近くの人に発する。これはほとんど無意識の感情であり、無意識の行動だと思う。あるいは、爆発寸前の小さなパニックと言ってもいい。すでに冷静に考えることができなくなっているからだ。

 だから、近くの人が『どうかしましたか』と声をかけてくれれば、彼はほっとして『どうしてこんなに自分の料理は遅いんでしょう』と内心を明かすことができる。
 隣の人は『あら、この店は料理が出るまで三十分はかかりますよ。でも丁寧に作っているので、とてもおいしいです』と教えてくれるだろう。
 彼が『ああそうなんですか』と応じれば、隣の人は『入り口に貼り紙もありましたよ』と言う。
 彼は『そうですか。気付きませんでした』と言って怒ることはない。なぜなら、初対面の隣の人は彼にとって上位か同格の人だから。そのような人なら、批判めいたことを言われても、気にならないんだ。そもそも親切に教えてくれた人に怒る人はいないだろう。

 ここでも漱石の言う『悪人という型にはめたような人がいるわけではない。普段は善人であり、せいぜい普通の人なんだ』という意味がよくわかる。A君は決して生まれつきのクレーマーじゃない。普段はとてもいいやつだ。だが、自分だけが不利益を受けたと思ったとき、突然利己主義者となって怒りをぶちまける。その前には臆病な傍観者となって殻に閉じこもっている。サインは出しているけれど、近くにいる傍観者が彼の様子に気付かないか、気付いても声をかけないと、彼はクレーマーとなって爆発する」

[九] 時空を決定する近くの傍観者

 このように見てくると、世の中にとって大きな意味を持つのは近くの傍観者であることがわかります。遠くの傍観者は正に傍観するしかない。近くの傍観者が未来時空を決定できるのです。

「もう一つ、補っておかなければならないことがある。先程『何か事件が起こりそうだと感じるのは、そしてこの事件を未然に防ぐことができるのは近くの傍観者だけ』と言った。おそらく多くの人が『確かにその通りだが、なぜそれを自分がしなければならないのか』と感じるだろう。
 隣のいらついている男に対しても、店に対しても、なんの責任も義務もない。『こんなうかつな人間めんどう見きれない』と感じる。それに、もしもその男に声をかけてトラブルに巻き込まれたら、と思うと怖くて言えない。ここは黙っていた方がいい、と考える。
 ほらほら、周囲の僧俗が感じた――利己主義の裏の感情が顔を見せ始めたことがわかるかい? 

 周囲の人間は遠くも近くもみんな傍観者だ。自分一人だけ何か行動して不利益を受けてはたまらない。それこそ傍観者が利己主義者となって裏の感情にとらわれた瞬間だ。
 この傍観者に誰かへの敵意はない。いや、隣の男に消極的な敵意は感じているだろう。だが、何かしようとは思わず、傍観者を演じ続ける。目立つ行動を避け、亀のように自分のカラに閉じこもる。

 そして、気付いてしまっただけに、傍観者はうじうじ悩むことになる。この傍観者はA君が店員に怒鳴った後、『予感どおりのことが起こった。さっき私が一言言ってあげれば良かった』と後悔する。これも傍観者タイプの特徴だ。あれこれ考えるのは良いことだけれど、考え過ぎて悪い未来ばかり予想すると、行動できなくなってしまう

 だから、以前まとめた《明が欠けた生き方》と《明のある生き方》も、一つの見方でとらえない方がいい。一見すると『明が欠けた生き方は悪い』と思える。だが、一つしか考えられない点に長所があり、逆に『明のある生き方、つまり可能性をいろいろ考えられることに短所がある」

 私はそう言って以前の板書を、次のように「長所」と「短所」に分けて書き直します。
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 明が欠けた生き方
 短所=一つしか考えられない。自分を語ることなく、周囲の内心を聞こうとしない。
 長所=自分の信じたことを断固行動する力強さがある

 明のある生き方
 長所=可能性をいろいろ考えられる。自分を語り、周囲の内心を聞こうとする。
 短所=考えすぎて行動できない弱さを抱える
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「実は私の中学校時代の悩みは上だった。自分の内心を語ることなく、周囲の内心も聞こうとしない人間だった。だが、未来についていろいろ考えないから、初恋の人に文通を申し込めた。ダメモトってそういうことだ。相手と離れたし、断られたらいやだな、などと考えないから行動できた。そして、その後高校時代三年間の悩みは下だった。私は傍観者として行動できない悩みを抱えたんだ。

 さて、私のことは置いて傍観者の話に戻ると、今も言った通り、A君の様子に気付いた近くの傍観者が何かしなければならないという法律はない。だが、もしも一言『どうかしましたか』と声をかけると、ここにいる全ての人を救うことができる。それは誰かと言うと?」
 ――と問えば、「お客さん……店員……」で途切れるので、

「もっと分けた方がいい。お客さんは遠くの傍観者と近くの傍観者だ。遠くの傍観者は不愉快にならなくて済む。近くにいたけど、気付かなかった傍観者も同じ。気付いたけれど、行動できなかった傍観者も事件が起こらなくて良かったと思う。

 店員BさんはA君から怒鳴られる未来を避けることができた。レストランのオーナーコックも厨房で何も起こらなかったとほっとする。だってA君が怒鳴り続けたら、最終的に彼が出てきて謝らなければならないから。
 もちろん店側の人たちは何も気付くことなく、淡々と時は流れる。そして、最も救われる人が二人いる……?」
「クレーマーと、近くにいて声をかけた人ですか」と答えが返ってきます。

「そう。A君はうかつなクレーマーにならずに済んだ。声をかけた人も事件を未然に防ぐことができて良かったと思う。もちろんA君がまず明のある生き方を選択すれば良かった。これが一番初めに取るべき生き方だ。でも、人はいつでもどこでも冷静にいろいろ考えて行動できるわけではない。突然不当な扱いを受けて、不当に扱われたと誤解してパニックに陥ったとき、もう冷静に考える力を失っている。そこで、彼の近くにいて気付いた傍観者が一言声をかければ、事件は起こらない……。

 ちょっと大げさなことを言うと、SF小説なんかで時空の話が出てくる。それにたとえるなら、A君がいらいらして『どうしてオレのは遅いんだ』とつぶやいたとき、この後の時空は大きく二つに分かれる

 一つはA君が未来を選ぶ。店員を呼んで遅れている事情を聞くか、近くの人に内心を明かせば、怒り出すことのない未来だ。一方、傍観者に徹して黙ったまま不快と不安、店への敵意を抱え続けると、突然怒り出す未来に進むことになる。

 もう一つは近くの傍観者が未来を選ぶ。A君の近くで異変に気付いた傍観者がA君が怒り出す未来に進むか、怒らない未来に進むかの決定権を握っている。
 知らんぷりして傍観に徹すれば、A君が怒り出す未来がやって来る。一方、いらついている彼に声をかければ、この事件を防ぐ未来に進むことができる。そこではみんながおいしく食事を摂っている。
 遠くの傍観者には未来の選択も決定もできない。近くの傍観者だけが未来時空に通じる扉のカギを持っている……。

 最後にもう一つ。『聞こえよがし』という言葉がある。近くの傍観者がA君に直接声をかけなくても、聞こえよがしにある言葉をつぶやけば、A君が怒り出さない未来に進むことができる。一人ではなく誰かと一緒なら、かなり言いやすい。臆病な傍観者にとって効果的なやり方だ。さて、なんとつぶやくか?」(答えはすでに出ています)

 その後私は傍観者と利己主義の関係を『鼻』の内供と周囲の僧俗にあてはめ、改めて解説します。「利己主義者」の表と裏の感情を説明した図を次のように書き直します。
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 [ 鼻』における傍観者と裏の利己主義 ](ABCは時間の流れ)

A 内供の鼻が長いとき
         内供(寺の長・内道場供奉)[傍観者]※1
          ↑
 人 人 人 人 内供 人 人 人 人 人[周囲の僧俗=傍観者]※3
          ↓
   鼻が長い自分=[裏の利己主義]※2

 ※1 内供の傍観……他人のことは「鼻」にしか関心がない。
 ※2 裏の利己主義……長い鼻のせいで自分一人軽蔑され、不当な扱いを
                受けていると感じている。
 ※3 周囲……近くの傍観者(同情・反感)、遠くの傍観者、真の傍観者(無関心)、
          隠れ傍観者(同情・反感)など。
 行動を起こした二人
 ・鼻の治療をした弟子(同情)・失敗を笑い話に変えた中童子(反感)

B 内供が鼻を短くしたとき
  周囲は傍観者のまま(一部がじろじろ見たり笑ったりした)
  内供は彼らの笑いを敵意と邪推し、裏の利己主義を強めた。

C 内供が意地悪く叱りつけるようになったとき
          内供[報復行動だが、寺の長として叱るのは当然と思う]
 人 人 人 人  ↑  人 人 人 人 人
 ↓ ↓ ↓ ↓     ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
 周囲全員[裏の利己主義者に変貌
(内供の豹変によって自分一人不当な扱いを受けている→敵意と反感→陰口を
 言うか、むく犬を追いかけた中童子のように行動で示す)
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「A内供の鼻が長いとき、内供は自分の内心を明かしていない。同時に周囲も内供の心を問うことなく、自分の内心も明かさないという意味で、みんな傍観者だ。そして、内供のみ鼻が長いことで自分一人だけ尊敬されず、軽蔑され不当な扱いを受けていると感じている。つまり、裏の利己主義にとらわれている

 B内供の鼻が短くなったとき、何も語らない内供に対して周囲も何も語らないという意味ではどちらも傍観者を継続していた。ただ、周囲は対応に戸惑ってじろじろ見たり、内供の変化がおかしくて笑った。内供はそれを自分への敵意だと思いこんで報復に出た。それが部下を意地悪く叱りつけるという行動だった。その結果、周囲は全員傍観者から裏の利己主義者に変わった。なぜ自分だけ意地悪く叱りつけられねばならないのか、と思って陰口をたたき、中童子のように内供への敵意を弱いむく犬に向けた……。

 作者は『傍観者の利己主義』のところで、周囲が先に敵意を示した。だから、内供は敵意を感じ取り、意地悪く叱りつけるようになったと書いている。
 だが、本当は内供の鼻が短くなった時点で周囲に敵意はない。あったとしても傍観者が普段から持っている反感に過ぎない。内供が意地悪く叱りつけるようになったことで、周囲は傍観者から『自分だけ不利益を受けるのは我慢できない』と感じる利己主義者に変わった。結果、内供に対する反感と敵意がふくらみ、陰口や敵対行動として表面化した。これが正しい流れだ」

 このようにして「傍観者の利己主義」に関する授業を終えると、私はA君に謝ります。「ごめんな、A君。君の名を使って」と。
 A君は「はい。内心穏やかでなかったです。でも、僕は普段傍観者であり、突然利己主義者になることがよくわかりました」と答えます。

 すると後ろのE君が「先生はさっきAがいらついた様子を見せたとき、『うまいじゃないか』と言いましたよね。あれ、演技じゃなくてこいつがよく見せる態度です」と暴露して笑いを誘い、A君は「お前がそれ言うか?!」と振り向いてさらに爆笑が起こります。
 私は「そうやってお互い内心を明かせるということはたぶん二人は心からの親友なんだろうな」とフォローします。

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 最後まで読んでいただきありがとうございました。

後記:前号私の初恋が成就した話ですが、その後どうなったか。すでに狂短歌エッセーで公開しています。読んでみようと思われる方は以下のページへどうぞ。

 → 狂短歌エッセー十代の甘く切ない思い出を〜

 なお、最初の狂短歌と文末の狂短歌は言葉が違います。一読法で読まないと、気付きませんよ。

 もう一つ、「レストランで『どうしてオレのはこんなに遅いんだ』とつぶやくA君に対して声をかけることが難しい場合、独り言としてつぶやけばいい。では、なんとつぶやくか」、その答えです。
 一人だと言いづらいけれど、同伴者がいれば、以下のようにつぶやくことです。
「三十分も待たせるだけあってさすがに丁寧に調理されているし、ほんとにおいしい」と。それをA君が聞こえるようにつぶやくのです。A君は料理が遅れている理由を知って怒り出すことのない未来時空を選ぶでしょう。
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「一読法を学べ」  第 21-6 へ (12月06日発行)

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