ゆうさんごちゃまぜHP「久保はてな作品集」 2025年11月12日(水)第07号
文芸部久保はてな君の作品5。課題「博物館を描く」
小説に関して「伏線」なる言葉を聞いたことがあると思います。
たとえば、文芸部員がゲームのような冒険小説を書いたとき、主人公が様々な試練を乗り越えてラストに至る。すると、ラスボスのような強敵が現れ、危機に陥る。危ない(!)と思ったら、ある味方が登場して主人公を助け「めでたしめでたし」となる。
ところが、その味方が前触れもなく突如登場するので、私は「おいおい。伏線張っておくんだよ」と言ったものです。すなわち重要な人物は前もって登場させておくということ。
伏線は人物だけとは限りません。後に出現する重要な武器とか宝物、特異な事件なら、それを予感させる出来事を前もって書いておく。
さらに、登場人物の性格も伏線が必要なときがあります。もしも普段穏やかな人物として描かれているなら、その人がラストになって突然激しく怒り出すのは相当違和感を覚えます。これもある程度伏線を書いておくべきです。
今回の課題「博物館を描く」は1年12月の実施でした。学校近くの博物館を訪ねてその体験を書く。「博物館の建物や内部を必ず入れる」条件をつけました。
別に「伏線を張りなさい」との条件はつけていません。
これは2年に進級後行った活動の「伏線」という意味です。
2年時の課題として私は以下の3つを考案しました。
1 公園を描く(男女のペアになって近くの公園を散策する)
2 丸木美術館を描く(「原爆の図」がある埼玉県丸木美術館を訪ねる)
3 修学旅行を描く(9月末に行く北海道の修学旅行を描く)
この前段階として(1年時に)学校近くの博物館を訪ねる企画を実践したということです。
久保はてな君の作品は綿密に博物館の様子を描いていました。「失恋」の部分はフィクションだとか……。
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*********************「久保はてな作品集」 ***************************
市立博物館前で彼女と待ち合わせた時間は午後一時だった。クラスの仲間連中のバカなカード・ゲームに付き合ったおかげで、危うく約束の時間に遅れるところだった。
ぼくは学校から猛スピードで自転車をすっ飛ばした。そして、たった三分で市立博物館に着いた。腕時計を見ると一時ちょっと前、ぎりぎりセーフだ。
ところが、彼女はまだ来ていない。取りあえず自分だけは約束の一時に間に合ったので、ほっと一息ついた。
博物館は新築一年か二年ということで、とてもきれいな建物だ。右上部に天体観測用の丸ドームが飛び出している。博物館の入り口付近には紅葉した枯れ葉がたくさん落ちていた。
もう十二月だし、道すがらの木々がほとんど枯れ木になっているのに、ここのクヌギやナラの木はまだ紅葉した葉っぱをたくさんつけていた。
市立博物館では『プラネタリウムと全天周映画』というのをやっている。
「行ったことないから、今度の試験が終わったら行ってみない?」そう誘ったのは彼女の方だ。
この四月Y高校に入ったばかりのぼくは内心どきどきしながら「いいよ」って答えた。
さすがコーコー生ってのは積極的だと思った。どうもうじうじしがちなぼくと比べれば、彼女はとてもあっさりしていた。
二学期の期末試験は昨日終わった。期末試験後学校は午前中授業になる。それで今日の午後一時、博物館の前で待ち合わせようってことになったわけだ。
ところが、何てこった、入り口ドアの張り紙に「プラネタリウムと全天周映画は、今週休止です」とある。せっかく彼女と隣同士で椅子に座って夜空の星座を眺める――なんてロマンチックな気分になるはずだったのに。
空はどんより曇って今にも雨が降り出しそうだ。いくら冬とは言え、せっかくの初デートに水を差す――とはこんな天気を言うのだろう。それにしてもプラネタリウムと全天周映画がやっていないとは……。
ぼくはそれから寒空の下で彼女を待った。十分、二十分、三十分。
ぼくは次第に不安になってきた。彼女の姿はちっとも見えない。彼女は自分の家から来る手はずになっている。何か事故でもあったのか。あるいは、ぼくが日付を間違えたのか。彼女が間違えたのか。
それからさらに十分。もう約束の一時を四十分も過ぎてしまった。何だかバカにされたような気がしてきた。彼女の家からここまで歩いたって三十分とかからない。たぶん忘れたか何か用事でも入ったのだろう。もう一つの可能性については考えたくなかった。だって誘ったのは彼女なんだから。
諦めて一人で博物館を見学することにした。ちょっとブルーだ。
ぼくは博物館の中に入った。常設展示の見学だけなら無料らしい。受付のおねえさんが「いらっしゃいませ」と言った。何だかがらんとしている。
受付の右側を進むと常設展示会場の入り口になる。その右にプラネタリウムの入り口もある。結局、今日プラネタリウムをやっていようがいまいが、彼女が来なければ、どうでも良かったってことだ。
常設展示はS市の台地・郷土・くらしや人と自然とのかかわり・地域の変貌――の順でいろいろなものが展示されていた。
最初にマンモスの牙と頭の骨があった。左側にはカモシカの剥製が立っている。 ぼくは「S台地の変遷」という三分ビデオのスィッチを押した。しかし、ちっとも画面に集中できない。何だかイライラしていた。
ビデオ終了前にそこを離れると、もうどうでもいい、ぼくはそんな気持ちで展示物の間を縫うように歩いた。
S地の構造――安山岩・せん緑岩・れき岩・砂岩・千枚岩に玄武岩。旧石器時代から縄文時代にかけての土器、たくさんの石器。五千年前の囲炉裏も復元されていた。
次のコーナーでは室町から江戸時代にかけて栄えた旧家が二十分の一で復元されていた。養蚕を生業としたらしい。その先には開墾時代の実物大の家屋。そして、畑を耕す鍬が大量に陳列されている。この辺りまで来るとぼくはかなり展示品に集中できるようになった。
たくさんの鍬の展示は壮観だった。ひょろ長やずん胴、舟形にフォーク形とあって面白かった。一体なぜこんなにたくさんの種類を必要としたのか。説明によると鍬が一本あればほとんど全ての畑仕事がこなせる――とある。鍬だけで畑をぽくぽく耕していたなんて何だか牧歌的だ。でも、かなりの重労働だったに違いない。
鍬には全て名前が付いていた。ヘラグワ・マドグワ・カブトッグワ。フォークタイプのサンボングワ、ヨンホングワ。これらは何となく名前の由来がわかる。クサケズリ(草削り?)・アラクキリノクワ(荒く切りの鍬?)も推理できる。
しかし、インガ・ジョンゴ・タウナイマンノウになると全く意味不明だ。この辺の方言なんだろうか。「おーい、タウナイマンノウの使い勝手はどうやー」などと呼びかけていたのかもしれない。
鍬の隣には「クルリンボウ」と言って、麦や豆を叩いて皮を剥くための器具がたくさん陳列されていた。やはりそれぞれに名前が付いている。
この辺りから、ぼくは全てのものに名前がついていることに興味を持ち始めた。
次の「S川の自然」では河原に生えている本物の植物が植えられ、その名が説明板にあった。ススキ・ヨセダングサ・イマツヨイグサ・カタバエノコロ・カワラニガナ・カワラノギク・テリハノイバラ・カワラハハコ・ヨモギ・ツルヨシ……。
さらに雑木林の中、段丘崖の植物群にはシログモ・ヤツデ・シラカシ・サネカズラ・ヒサカキ・ベニシダ・ヤブラン・アオキ・ドクダミ・オランダガラシ・ミゾホウズキ・ヒロハコンロンソウ・オオバジャノヒゲ・ヒサカザキ・テイカカズラ・シラカシ・ヤツデ・セキショウツリガネソウ・キチジョウソウ……。
その後は蝶、かみ切り虫、トンボ、糸トンボ、蛍、トビゲラ、ゲンゴロウ……などの昆虫類。ぼくは小説などを書いているとき、あっさり「名もなき草花」などと言ってしまう。でも、ホントは全てのものに名前がある。というより人間は全てのものに名前を付けた。ぼくはそのことに妙に感動してしまった。
展示物は終わりに近づいた。町の動植物のコーナーにはゴキブリ――クロゴキブリ・チャバネゴキブリ・モリチャバネゴキブリ・ヤマトゴキブリ――がぞろぞろ並んでいる。彼女がこれを見たら、たぶん跳んで嫌がったかもしれない。
そうそう、オサムシに寄生するオサムシタケもあった。何だか必死な生だと思うけど、彼女だったらその不気味さに「嫌だー」って叫ぶかもしれない。
展示室を出ると、透明ガラスに仕切られた中庭があった。コナラやクヌギが色鮮やかに紅葉している。ここは建物の狭間になる。だから、冷たい風も吹かず、落葉の時期がずれるのだろう。
ぼくは一本だけ立っている山桜の木を眺めた。春にはきっと美しいピンクの花を咲かせるに違いない。来年春になったら今度はぼくが誘ってみようかしら。ぼくはそんなことを考えた。 (了)
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