ゆうさんごちゃまぜHP「久保はてな作品集」 2025年12月23日(火)第13号
課題 「北海道修学旅行」を描く
1998年文化祭終了後の9月末、2学年は北海道の修学旅行に出発しました。
全員2年の文芸部員10名はもちろん、副担任の顧問も旅行に同行。架空部員久保はてなもその一員でした(^.^)。
与えられた課題は「修学旅行を描く」。久保はてな君は「北海道、それは美香の後ろ姿」と題した作品を提出しました。
ここ本当は美香ではなく「マーヤ」とすべきところ。『はてなのヒロシマ』に登場する文芸部員マーヤです。はてな君は「さすがにマーヤではまずい」と思って変更したようです。
これはフィクションなのか、久保はてなの私小説なのか。
合評は大いに盛り上がりました。「これってストーカーじゃん」の声も出ていました。
その顛末は次号明かします。
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*********************「久保はてな作品集」 ***************************
……美香、もしかしたらぼくは……君を愛し始めたのかもしれない。
修学旅行の間、ぼくは君の姿を至るところで見かけた。なぜかふっと君の姿だけが目にとまるんだ。
最初は函館のトラピスチヌ修道院だった。ぼくらY高校二学年が乗った飛行機は九月三〇日昼過ぎ羽田を発ち、一時間半ほどで函館に着いた。
七クラスはすぐそれぞれの目的地に向かってバスに分乗した。ぼくと美香のクラスは二台のバスでトラピスチヌ修道院を目指した。
生まれて初めての北海道。でも、取り立てて言うほどのことはない町並みや道路。道の両側に植えられた、高さ二メートル程の並木が南天のような赤い実をたくさん実らせている。それが神奈川との違いを感じさせたぐらいだ。
バスは二十分ほどでトラピスチヌ修道院に到着した。駐車場のすぐ横にも赤い実の木が並んでいる。よく見ると南天ではない。何の木だろうとぼくは思った。
さらにその向こうに高くそびえる木が数本。上空斜めに真っ直ぐ伸びた枝。さわやかな薄緑の葉。たぶんあれはポプラだ。
バスの外では中学生や高校生らしい修学旅行生がうじゃうじゃ歩いている。赤いレンガの建物がゆるやかな丘陵に数棟見える。ぼくらもバスを降り、ガイドさんの後をぞろぞろついていった。暖かさの中かすかに冷たい空気がある。函館は初秋の気候だった。
ぼくらはガイドさんの案内で修道院の門をくぐった。ちょっとした広場に出る。正面にミカエルの銅像。その前に集合写真を撮る人々の固まり。右側に「いちい」の木。向こうの山腹にはマリア像とそれを見上げる修道女の像もあった。
ガイドさんがミカエル像の前でルルドの泉の話をした。それから石段を上って行くと、小高い丘の頂上に着く。修道院の建物が横に立ち並ぶ。塔の上の十字架、ジャンヌダルクの像。
明治の半ば頃フランスから八人の修道女がやって来て修行を始めた。今も数十名の修道女が祈りと勤労の修行に励んでいる――とガイドさんの説明を聞いた。その直後のことだ。
丘の上にもこんもりとしたいちいの木が一本あった。ぼくはその近くに立って建物を見上げていた。すると美香、君が突然いちいの木の陰から姿を現したんだ。ちょっと跳ねるような感じで君はそこに立った。
それはまるで異国の地の少女のように思えた。でも、もちろんぼくが見慣れた制服姿の美香だった。君のそんな登場の仕方はちょっとぼくの心をくすぐった。
ぼくは「やあ」って言った。君は会釈を返した。君は班の仲間と離れて一人のようだ。ぼくはとうから班の連中と馬が合わない。
ぼくらはその場でちょっと言葉を交わした。
今度の部活の課題何だろうか?
S先生のことだから……修道女の心境を小説にせよ、なんかじゃない?
ぼくと美香は向こうにS先生がいることに気づいていた。
それからぼくと美香は何となく並んで丘を降りた。
美香は「さっきガイドさんが説明してたルルドの聖水の話。私のお母さんもルルドに行ったんだ。そして、ハンカチを濡らして持って帰った。そのハンカチ今でも濡れているんだよ」と言った。
「ええっ、嘘だろ」
「ううん、ほんと。今でも湿っているんだ」
そう彼女は言い張った。美香が時折見せる頑固な表情で。
ぼくはそれ以上何も言えなかった。
そして、丘を降りた所の土産物屋の前で「じゃあ」と言って別れた。
これが修学旅行で偶然美香と二人だけになった一度目のことだ。
ぼくはみんなより一足先に駐車場のバスに戻った。出発まで時間があったので、赤い実の並木の側まで行ってみた。小さな実は十数個が房のように固まって緑の葉の陰でたわわに実っている。
駐車場係のおじさんが柵に寄りかかって休憩していたので、「あの赤い実の木は何て言うんですか」と聞いてみた。
おじさんは「あれかい。ありゃーナナカマドだよ」と教えてくれた。
ナナカマド……ぼくは何となく美しい響きを持つその名をどこかで聞いたことがある。しかし、現物を見るのは初めてだった。
「ナナカマドってこんな真っ赤な実がなるんですね」と言うと、おじさんはこんなことを語ってくれた。
「この実はこれから雪が降り出す頃、葉が散ってもずっと落ちないんだ。この辺りが白一色の雪景色になっても、赤い実だけは枯れずに残っていてね」
「鳥は食べないんですか」
「いやーどうも苦いらしくて食べない。ま、鴉が食べるものがなくなったら食うって話だけど……」
ぼくはおじさんに礼を言ってまたナナカマドの木々を見回した。真冬深い雪の中に立つナナカマドを思い描いた。葉は消え枯れ木となった枝に赤い実だけがくっきり浮き上がる。そして、冬の間ずっとその鮮やかな赤みを保ち続ける。北国の冬が何となく身に迫ってきた。
トラピスチヌ修道院を後にするとすぐ宿だった。美香と次に出会ったのはその日の夜、函館山の頂上だ。
午後七時過ぎぼくらは全員で函館山からの夜景を見に出かけた。バスのガイドさんは「ロープウェーは麓側に立った方がいい」と言った。だが、昇りのロープウェーは生徒で満杯。ぼくは麓側に立てなかった。
函館山の暗い斜面を見つめながら、背後の「きゃーきれい」とか「美しいー」と言う歓声をじっと聞いた。しかし、それはかえって幸いだったかもしれない。ロープウェーの上昇に応じて徐々に夜景が見えてくるのではなく、頂上で突然光り輝く世界がぼくの目に飛び込んできたからだ。
ロープウェーを降り、振り返ってガラスの向こうに函館の夜景を見いだしたとき、ぼくは周りの連中と同じく感嘆の声をあげた。言い古された言葉だけれど、それは正しくダイヤモンドの夜景だった。
まるで女性のウェストのようにくびれた陸地。小さく光る無数の明かり。一際強く光り輝く黄金色の街灯。それは道なりにカーブを描いていた。
右側の海は津軽海峡、左側は函館湾。津軽海峡の海面には漁り火が灯っている。一方、函館湾の方は明かりもなく、中型船が薄暗い闇の中でひっそり港に接岸していた。
右は真っ暗な海、左は薄闇。海面は凪いで静まり返っていた。それらの闇に対して函館の町並みは本当に黄金色に輝いていた。
さらに階段を上っていくと展望台に出る。展望台は狭く見学の人々でごった返していた。風も強く吹いている。夜景の美しさに比べると狭い展望台はごちゃごちゃして人の声でうるさいほどだ。
ぼくはちょっといただけでうんざりしてしまった。早めに降りることにしてロープウェー乗り場へ向かう階段を降りていった。
そのときだ。美香、君はぼくの少し前を、やはり仲間と連れ添わず一人で歩いていた。制服姿の君だったけれど、長い髪からぼくはすぐに君だとわかった。でも、君はすっすっと足早に歩いていたので、ぼくは声をかけられなかった。
下りのロープウェーは五分後だった。ロープウェーが到着してどどっと客が乗ると、これも満員でぼくは君を見失ってしまった。それからロープウェーは昇りとひと味違う「きれい」「美しい」の声に満たされながら山を下っていった。
麓の乗り場から外へ出ると、ぼくはまた前を行く君の後ろ姿を見い出した。しかし、君はバスに向かわず、階段の踊り場でふいと左へ逸れて暗がりの中で立ち止まった。君の妙な行動が気になったので、ぼくも出口の所で立ち止まった。
辺りは人がいなくなり静かになった。君はなお暫く佇んで向こうの闇に浮かぶ妖しい感じの建物を眺めている。けばけばしい感じの赤と黄色のネオンには「トリックアート」とか「何とかミュージアム」と刻まれている。
ぼくはとうとう我慢しきれず、「美香、どうしたの? バスに戻らないの」と声をかけた。
君は振り返ると妙な建物を指さして「あれ、何だろう?」って聞いた。
ぼくには何かわからなかった。「妙にカラフルなネオンだけど、まさかストリップ劇場じゃないだろうな」と言うと、君は「ミュージアムってあるんだから違うと思うよ」なんてことを言った。確かにミュージアムって博物館のことだ。あれこれ推理した後、結局不明のまま二人してバスに戻った。
美香はガイドさんに「トリックアート」のことを聞いた。すると、ガイドさんはそれは隠し絵や迷路、立体的に見える絵画などの美術館だと教えてくれた。個人展示の美術館だそうだ。
出発の時間が近づいていたのでまさか見に行くわけにはいかない。美香は名残り惜しげに「トリックアート」を眺めていた。ぼくらはそこで別れて別々のバスに乗り込んだ。
これが修学旅行二回目の二人だけになれた時だった。
それ以後ぼくと美香のクラスは結構同じコースのことが多く、しばしば美香の姿を見かけた。翌日ぼくらのバスは函館から大沼公園に向かった。君のバスもそうだ。大沼湖では湖のボートに乗った君の姿を見出した。長万部(おしゃまんべ)の土産物屋、翌日小樽の町中でも偶然ぼくは君とすれ違った。そして、旅館の朝や夜の食事で、さらに出発前のロビーで、ぼくは君の姿に気づいた。
この間服装は自由だった。君は黒を基調としたスカートや上着を身につけていることが多かった。私服の女子生徒の中にいてもぼくはすぐに君を見分けられた。しかし、君は大概班の仲間と一緒だった(し、ぼくもそうだった)ので声をかけなかった。
修学旅行三日目の朝、札幌のZホテルでもバイキングのとき、すぐ向こうのテーブルに君がいた。君は薄い水色のセーターを着ていた。でも、たぶん君はぼくの視線など気づいていなかっただろう。
そして、ぼくは今一人で北海道大学の構内に立っている。君は朝Zホテルから一足先に富良野に向けて出発した。ぼくの班は札幌で班別自主行動だ。だから、この札幌では絶対に君と会いっこない。
ぼくは今朝ホテルを出ると、班の連中と昨日修復が終わったばかりの「札幌時計台」を見学した。その後ぼくは予定していなかった北海道大学のポプラ並木を見に行きたいと言った。昨夜ガイドブックで北大のポプラ並木のことを知り、見に行きたくてたまらなくなったからだ。
班の連中は計画通りテレビ塔を主張したので、(単独行動厳禁だけど)やむを得ずそこで別れることにした。昼食の時刻にまた時計台の下に集まることにしてぼくは一人で北へ向かった。
時計台から歩いて三十分程で北大正門に着いた。構内に入り、クラーク博士の胸像を見てさらに十分程行くと、ポプラの高木が見えてきた。
それは学部の棟や樹木の上に一際高く突き出ている。高さ十数メートルはあるだろうか。砂利道の両側に二十本ほどずらりと並び立っていた。
太い幹が一直線に伸び、幹の上部は斜めに手を上げたかのように直線的な枝が広がる。薄緑に茂った葉。その枝振りも淡いグリーンの葉も柔らかく優しい感じだ。
このポプラは明治の半ば、クラーク博士が札幌にやって来たとき生徒と一緒に植えたものらしい。ぼくはポプラ並木を見ながら、何となく明治の気配と北海道の「気」を感じた。ここに美香がいたら最高なのに、と思った。
その日富良野には夕方着いた。霧雨が降ってちょっと寒かった。
富良野Pホテルは富良野の町を見下ろせる高台に建っている。側にゴルフ場がある。
ホテルは屋根を含めて全体が三角形のちょっと変わった建物だ。ホテルの周囲には緑の芝生、少し紅葉が始まった楓の木、さらに緑の樹木がたくさん生えている。ホテル入り口までの小道の両端には細い幹の白樺も植わっていた。それはポプラに似ていた。
ぼくは五階の自分の部屋から富良野の町を見下ろした。遠く連山は雲に隠れている。中央に富良野の町並み。左の方でやけに目立つのは尖った三角形の屋根を持つ緑色の家。富良野の町は思ったよりも家並みがあった。
明日もぼくと美香は別の班行動だ。もうこれ以上旅行中に美香と二人だけで話すことはない。この旅行では二度たまたま美香と二人だけになれた。もう一つ何かが起こってほしい。しかし、そうそう期待したことが起こるわけはない。美香とぼくだけの修学旅行はこれで終わりだな……そう思った。
ところが、驚いたことにその翌日、ぼくは意外な形で美香と二人だけになることができた。
それは全くの偶然だった。なのに、ぼくには(大袈裟だけど)まるで神の啓示のように思われた。
最終日は早朝熱気球が計画されていた。それは希望者だけだったので、朝が苦手なぼくは希望しなかった。美香が希望していたかどうかも知らない。夕食の時「熱気球希望者は自力で起きて五時五十分にロビー集合」と言われていた。
ホテルの五階に寝ていたぼくはなぜかその朝五時過ぎふっと目が覚めた。窓の外はかなり明るい。部屋の他の連中はぐうすか寝込んでいる。ぼくはベッドを出て窓から富良野の町を見下ろした。
空は全体的にからりと晴れている。しかし、遠く連山の上空辺りには二つの雲の塊があった。雲の間に隙間があって青空がのぞいている。
下を見ると向こうの駐車場にぼくらの貸し切りバスが停車している。曲がりくねった道の両側に白い肌の白樺の木が並ぶ。二、三本が束になって伸びている。全部で十数本。すぐ下は舗装された小道と緑の芝が広がる。
静かだった。下の広場には誰もいなかった。遠くの方で小さく鳥の声が聞こえた。
するとホテルの入り口の方から一人の女子生徒が下の歩道までつかつかと歩いて出てきた。制服を着ている。後に続く者はいない。
五階からだと頭の上から見る形になるので、最初ぼくはそれが誰なのかわからなかった。長い髪は何となく美香に似ているなと思った。だが、確信は持てなかった。
彼女は舗道の端に立ち、東の連山の方をじっと見始めた。背筋をすっと伸ばして一分……二分……三分。ひたすら熱心に東の方を眺めている。
何か見えるのだろうか。ぼくもつられて遠くを眺めた。富良野の町と連山、その上空の雲。先ほどと変化はない。ぼくは窓を半分ほど開けた。朝の心地よい冷気がさっと流れ込んでくる。窓から顔を出して下の女子を見下ろし、遠くを見、また下の女子を見た。
上着の後ろから少しだけ出た水色のセーターに覚えがあった。まず美香に間違いない。たぶん彼女は熱気球に乗るために起きて来たんだろう。そして、一人ホテルの外に出てきたのだ。一人だけそんな行動を取るのも彼女らしい。
ぼくは嬉しくなった。こんな時間にぼくがたまたま目を覚まし、たまたま外を眺めたので、下にいる美香に気づいた。それが一つ。そして美香が早朝一人外に出てきて富良野の景色の中で佇む。そのちょっと孤高の雰囲気が最高だと思った。
修学旅行最終日に偶然こんな形で彼女と二人だけになれるなんてたまらない、とぼくは思った。
もちろん二人並んで富良野の景色を見ているわけではない。しかし、上と下とは言え、今この瞬間二人だけが富良野の朝の空気を感じているのは間違いのない事実だ。
ただ、ぼくは美香に気づいているのに美香はぼくの存在を知りもしない。美香は自分一人だけで富良野の景色を見ていると思っているだろう。
ぼくは窓から顔を出して小さな声で「美香」と呼びかけた。美香は向こうを向いたまま振り向かない。ぼくは手でメガホンを作ってもう少し大きな声で「美香」と呼びかけた。
部屋の中にクラスの男が寝ているので、大きな声を出すわけにはいかない。しかし、美香はやはり気づかない。
ぼくはさらにもう一度、振り返ってほしいと念じながら、より大きな声で「美香!」と叫んだ。
部屋のベッドで同室の男がちょっとうなりながら寝返りを打った。
君は振り向かなかった。
ぼくはあきらめた。仕方なくぼくは君の後ろ姿を見続けた。
暫くして君の班らしい女子数人が外に出てきて君のそばに行った。そして、互いにぱちりぱちりと写真を撮り始めた。さらに他の生徒もぞろぞろ外に出てきた。話し声や笑い声が大きく聞こえてくる。
熱気球に出発するのかと思ったら、流れてくる声によると気球は風のため中止になったらしい。それでも美香はそこに立って東の空を眺めている。
連山の上空白い雲の切れ目が先ほどより明るくなった。ぼくは漸く美香の目的がわかった。雲の合間の日の出を見るつもりだと。
その直後雲と雲の裂け目から太陽が顔をのぞかせ、上方の雲に幾筋かの光を投げかけた。雲が一瞬きらめき、光が束になってさあっと四方に広がった。
さらに太陽が昇ると光の束は消え失せ、辺りは一層明るくなった。ぼくは富良野の日の出を見た。美香も下で眺めていた。
やがて下の生徒は徐々に少なくなり、美香もいつの間にかいなくなった。
広場は静かになり、白樺が風に揺れ始めた。ぼくはちょっと淡い悲しみに似た感情にとらわれた。それは美香が振り向いてくれなかったからか。それとも、富良野の朝の静けさの中で、今また自分一人だけ取り残されたようになったからか。ぼくにはわからなかった。 (了)
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最後まで読んでいただきありがとうございました。
後記:ずっと水曜発行だったのに、今日は火曜。理由は次回もう1号発行するからで水曜だと31日(水)になります。さすがに大晦日発行は控えたいと思って前日に変更しました。大掃除の最中かもしれず、とても読むゆとりはないでしょう。次号は長いので、お正月の箸休めとしてお読みいただければと思います。
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