「富士山樹海の自殺未遂」


○ すみません その一言にこめられた 深い思いに 気づきたいもの



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ゆうさんごちゃまぜHP「狂歌教育人生論」        2010年 11月 19日(金)第 127号


 以前民放テレビで「富士山樹海特集」を見ました。そこは入り込んだら抜けられない迷路のような樹海で、自殺の名所として有名です。実際遺体が発見されたり、数多くの遺留品も見つかりました。
 なかなか衝撃的な内容で、本日はその紹介と私なりの感想です。「そこまで言えるの?」という見方もあって賛否両論かもしれません。
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 (^_^)本日の狂短歌(^_^)

 ○ すみません その一言にこめられた 深い思いに 気づきたいもの


 (^O^) ゆとりある人のための10分エッセー (^O^)


 【 富士山樹海の自殺未遂 】

 テレビのワイドショーで、自殺の名所富士山樹海が特集されていた。
 意外な内容は自殺しようと入り込んだ男性が、スタッフに説得されて自殺を思いとどまったことだ。顔はぼかされていたけれど、服装や雰囲気から二十代後半くらいの若者だと思った。

 スタッフと一緒に宿に入った彼は「家族の方に電話したら」と促され、実家に電話した。
 そのとき電話に出た中年か熟年女性の言葉が耳に残った。
 彼女は電話口で「戻っても寝るとこゃありゃせんで」と言ったのだ。
 後ほどわかったが、女性は若者の継母だった。

 義理の息子からの電話を受け、継母は「仕事はどうしちょるんね」と聞いた。
 息子は「すみません。やめました」と答えた。
 継母「あんたは昔からそんな感じやもんねえ」
 息子「すみません」
 継母「それでどうするん。帰って来るんかい?」
 息子「……はい」
 継母「帰って来ても仕事はないし、だいいち寝るとこありゃせんで」
 息子「はい……」

 若者は自殺を決意して青木ヶ原樹海に入り込み、報道の人にとどめられた人物だ。
 撮影の途中、スタッフが不審な動きをする彼を見出し、追っかけ、説得して宿に連れていった。そして風呂に入れ、一緒に夕食をとった。彼は一週間ぶりのお風呂、四日ぶりの白いご飯だと言った。
 何らかの事情で仕事を辞め、最後に富士山樹海までの交通費を工面してやって来たのだろう。だが、もはや食べ物を買うお金さえなかったようだ。

 若者はスタッフに自分のことを語った。実母が亡くなった後父は後妻をめとった。その後彼は家を出て働き始めたという。
 彼は「家族にあやまりたいことがある」と言って家に電話をかけた。電話は携帯だった。
 継母から「寝るとこありゃせんで」と言われたけれど、彼は翌日帰省することにした。
 その前スタッフに頼んでもう一度富士山樹海に戻った。そこには彼の身分を明かすカードや免許証が捨てられていた。

 私は放送を見終えて思った。

 継母ではなく実の父母であっても、ここで息子を冷たく突き放す態度はあり得るだろう。
 だが、彼は一度は自殺を試み、しかし戻ってきて「今までのことをあやまりたい」と言って家族に電話をした人間だ。
 対して継母は「帰っても寝るとこありゃせんで」と(おそらく)今までと同じように突き放した。

 私は思った。あの継母はこの後ひどい目にあうだろうなと。
 たとえば、人が「もうかるよ」と言って誘ったアホな利殖話に乗っかって虎の子の貯金をなくす。あるいは、振り込め詐欺にあうのではないか。
 そのとき彼女は「どうして私がこんなひどい目にあうのか」と言って嘆くのだろうか。

 振り込め詐欺云々は説明がいるかもしれない。どうして振り込め詐欺にあうのかと。
 別に因果応報の報いだと言いたいわけではない。

 振り込め詐欺の多くは熟年の母親をターゲットに、息子を装って仕掛けられる。
 警察官や弁護士が「息子さんが事故を起こした、罪を犯した、示談にするには何百万円いる」と持ちかけてだます。電話口で息子はひたすら泣いている。

 あの継母はそうした詐欺にひっかかりやすいはずだ。
 なぜなら「帰っても寝るとこありゃせんで」の言葉の裏には「あんたが昔いた部屋はもう私の子どもが入っている」があるのだと思う。
 義理の息子がいた頃、彼には個室が与えられ、たぶん彼女の子どもは男の子二人くらいで、他の部屋に一緒にいたのではないか。

 そして、彼が家を出るとその部屋には彼女の子どもが入った。夫婦二人は居間に寝ているかもしれない。あるいは、夫婦用の寝室があったとしても、居間は寝るとこでなければ「帰っても寝るとこありゃせんで」の言葉となる。

 彼女は義理の息子より自分の実子をとても愛しているだろう。かわいがっているだろう。
 それは当然で、別に悪いことでもなんでもない。
 だが、そのような母親ほど自分の息子が大きくなって「母さん大変だ。事故を起こして金がいる」と電話がかかれば、すぐに金を振り込むのではないか

 ところで、あのテレビを見て「これは我が家のことだ」とわかる人間が三人いる。
 あの若者当人と彼の継母、そして息子の父親だ。
 息子と継母の言葉はぼかしがない生の声だった。父親がもしテレビを見たら「あのお母さんはお前のことじゃないのか」と言える。そこから継母と父親が変わるチャンスがある。
 だが、変わらなければ、彼らは今後悲惨な目にあうだろうと思った。

 また、「寝るとこありゃせんで」の言葉から「あなたは冷酷な人だ」と責められたなら、継母はきっと次のように言うだろう。
「まさか義理の息子が自殺寸前まで行っていたなんて思いもしなかった。そこまで追いつめられていたとは。言ってくれれば、あんな冷たい言葉は言わなかった。私はそんなにひどい人間じゃありません」と。

 確かに電話口で息子は「自殺しかけた」などと一言ももらさなかった。だから、わからなくて当然だ。だが、感じ取ることなら、彼女にだってできたはずだ。

 息子が以前どのような態度を継母に示したか、画面からはわからない。息子も説明しなかった。
 だが、継母が彼をかわいいと思えなかったのは息子が継母になつかなかったからだろう。
 逆に息子だって継母を嫌ったに違いない。息子は継母にきつい言葉や激しい言葉を浴びせたのではないか。継母はなつかない彼に涙を流したかもしれない。弟か妹に対しても、彼はいい兄ではなかった。だから「あやまりたい」と言ったのだ。

 しかし、実母を亡くした後、突然現れた新しい母とうちとけにくいのは子どもとして当然の感情だろう。継母と義理の息子には無理からぬあつれきがあったに違いない。
 彼はおそらく父親に対しても反抗的で、だから「もう家を出て働け」となったのだろう。継母は彼が家を出た時、ほっとしたのではないか。

 つまり、どうしようもない感情のすれ違いやぶつかり合いがあってその結果、彼は家を出た。そして働き、全てに行き詰まり、会社をやめて「死のう」と思った。放送スタッフが富士山樹海でたまたま彼を見つけなかったら、彼は確実に樹海で死んでいた。その流れを止めることはほとんど不可能だったと思う。

 だが、意外な形で流れは変わった。彼は富士山樹海から帰還した。
 一度死の淵から戻っただけに、彼は妙に素直で継母に対してひたすら「すみません」と謝り続けた。
 継母が「寝るとこありゃせんで」と言い放った時、私は彼が切れるのではないかと思った。「じゃあ、いいよ! もう二度と帰らん!」と叫ぶのではと思った。
 だが、彼はそのときも「すみません」と謝るだけで、切れることはなかった。

 おそらくそのときの彼は以前の彼と変わっていたはずだ。
 継母にもし人の話を注意深く聞く耳があったなら、「今日のこの子は今までとちょっと違う」と気づいただろう。
 それは別にあの継母に限らない。私たちみんなに言えることだ。親の立場であっても、子の立場であっても、身内の異変に対して「何かへんだ」と気づきたいものだ。

 そして家族のちょっとした異変に気づくような人なら、詐欺話なんぞに引っかからないのではないかと思う。

 結局、若者は新幹線に乗って田舎へ帰った。
「もう金もないし、あそこしか帰るとこないから」と言って。
 交通費は放送局が出演料として出したのかもしれない。

 別れるとき、彼は死の淵から引き戻してくれた放送スタッフに感謝の言葉を述べ、 「吉報を待っていてください」と言い残して去った。

 十年後か二十年後、彼が仕事で成功して「あのとき自殺しなくて良かった」とスタッフに言ってほしいものだと、私は祈るような気持ちで思った。


 ○ すみません その一言にこめられた 深い思いに 気づきたいもの


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 最後まで読んでいただきありがとうございました。

後記:話はがらりと変わりますが、私は自分が革新的な人間だと自負していました。が、最近どうも保守的になりつつあるようで「最近の若者は……」なんて言葉も出始めました(^_^;)。
 今年スポーツ界の大きな話題に、大相撲横綱白鳳の連勝記録があります。白鳳が60連勝に近づいたころは「双葉山の69連勝は抜かないでほしいなあ」と思いました。双葉山は大横綱であるだけでなく、我が郷里大分出身ということもあります。だから11月15日の九州場所2日目に、白鳳が稀勢の里に敗れたときは、思わず「よっしゃあ」と叫んでしまいました(^.^)。
 すると、その夜大分県の一男性がテレビのインタビューに応じて「古い記録ですからねえ。もう抜かれても良かったんですよ」と答えていました。ちょっと「がーん」て感じでした(^_^;)。
 白鳳も心技体そろった素晴らしい横綱なので、また1から69連勝を目指してほしいものです。今度は素直に応援したいと思います(^_^)。(御影祐)

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