四国室戸岬双子洞窟

 『空海マオの青春』論文編 第 10

「蛭牙公子=空海マオ」論 その3

 本作は『空海マオの青春』小説編に続く論文編です。空海の少年期・青年期の謎をいかに解いたか。空海をなぜあのような姿に描いたのか――その探求結果を明かしていきます。空海は何をつかみ、人々に何を説いたのか。私の理解した範囲で仏教・密教についても解説したいと思います。

|本  文 | 論文編 トップ | HPトップ


(^o^)(-_-;)(^_-)(-_-;)(^_-)(~o~)(*_*)(^_^)(+_+)(>_<)(^o^)(ΘΘ)(^_^;)(^.^)(-_-)(^o^)(-_-;)(^_-)(^_-)

『 空海マオの青春 』論文編    御影祐の電子書籍  第87―論文編10号

(^o^)(-_-;)(^_-)(-_-;)(^_-)(~o~)(*_*)(^_^)(+_+)(>_<)(^o^)(ΘΘ)(^_^;)(^.^)(-_-)(^o^)(-_-;)(^_-)(^_-)

           原則月1回 1日配信 2014年 2月 1日(土)

『空海マオの青春』論文編 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 本号の難読漢字
・『聾瞽指帰』(ろうこしいき)・『三教指帰』(さんごうしいき)・蛭牙公子(しつがこうし)・兎角公(とかくこう)・亀毛(きもう)先生・虚亡隠士(きょむいんし・亀毛先生と韻を踏めば「きょもういんし」)・仮名乞児(かめいこつじ)・彷徨(ほうこう)・大足(おおたり)・戯画化(ぎがか)・浅薄(せんぱく)・六道輪廻(りくどうりんね)・八正道(はっしょうどう)・明晰(めいせき)・志賀直温(なおはる、直哉の父)・糟(かす)や糠(ぬか)・錫杖(しゃくじょう)・狼狽(ろうばい)・懼(おそ)れる・出世間(しゅつせけん、出家と同意)・施(ほどこ)す・筐底(きょうてい)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
*********************** 空海マオの青春論文編 *********************************

 『空海マオの青春』論文編――第10「蛭牙公子=空海マオ」論 その3

 10「蛭牙公子=空海マオ」論 その3 三教論客の戯画化

 本稿はいろいろ余談・雑談を含めて論を進めております(^_^;)。
 これは山に登る際脇道にそれるのに似て山頂が見えにくいかもしれません。今何を語ろうとしているか、念のため書いておきます。

 空海初の著書『三教指帰』は仏教入門後二十三歳の時に書かれた作品です。そこに登場する自堕落な若者「蛭牙公子」。彼は儒教に感嘆し、道教に心打たれ、最後に仏教を聞いて「これぞ最高最上の教え」として仏教を信奉すると描かれています。
 従来蛭牙公子のモデルは不明とされていました。私はこの人物こそ大学寮を退学彷徨した後、仏教に到達するまでの若き空海マオを描いている――と推理してそれを証明しようとしています。これが目指す山のいただきです(^_^)。

 前号ではその前段階として《『三教指帰』は私小説に似ている》ことを書きました。
 私小説とは作者自身の体験がありのままに書かれた小説です。よって、必然的に家族や知人・友人が登場します。それは書かれた側にとって決して気持ちのいいものではありません。とりわけ批判的な文言は悪口と感じられるでしょう。しかも、それは公表されて通常反論の機会さえ与えられない。普通の感性ではとてもやれたものではありません。

 しかし、作者が「そんなことは気にしない。私は小説のために何でも書くんだ」と思う破滅的な人間――上品に言うと「実生活より文学を優先する芸術至上主義的人間」であるなら、それをやる。
 一方、志賀直哉のように文学より実生活を優先する人はなかなか書きづらいし、やがて書くことをやめてしまう。直哉が出生に秘密を抱える架空のお話を書こうとしたとき、それが私小説として読まれることを恐れ、なかなか筆が進まなかったのはそのためでした。

 この構図が空海マオと『三教指帰』の関係にもあてはまります。マオが儒教、道教を経て仏教に到達したと告白する過程で、儒教の問題点を書いて批判すれば、それが即儒学者大足叔父への批判となってしまう。マオは忠孝の儒学を学び、親と目上の人への尊崇こそ礼節であるとして育てられました。マオにとって叔父を批判するような作品はとても書きづらいと感じたはずです。ならば、作品に儒学者を登場させ、彼に儒教を語らせても「大足叔父と思われないようにすればいい」と考えて取った方法が《戯画化》だった――そこまでを語りました。

 今号では戯画化を詳細に見ていきます。同時に亀毛先生だけでなく、道教、仏教論客に施された戯画化も説明します。なお、兎角公はごく普通の人として描かれており、戯画化は全く見られません。

 まずは『三教指帰』に登場した五人について。

 1.蛭牙公子[若者]……ギャンブル凶で自己チュー、女狂いの自堕落な若者。兎角公は母方のおじ。
 2.兎 角 公[おじ]……甥の蛭牙公子をまっとうな人間にしようと教えを求める人。
 3.亀毛先生[儒教]……兎角公と蛭牙公子に、忠孝と学問に励めば立身出世ができると儒教を説く。
 4.虚亡隠士[道教]……儒教の問題点を指摘して無為自然、仙人を目指す道教こそ優れた教えと説く。
 5.仮名乞児[仏教]……儒教も道教も浅薄な教えであり、無常観・八正道の仏教こそ苦しむ人を救う
                最高最上の教えであると説く。
 結果、三つの教えを聞いた兎角公と蛭牙公子、さらに亀毛先生、虚亡隠士も仮名乞児の仏教に感嘆平伏して「我々はこれから仏教道に進みます」と答える――これが『三教指帰』の大まかな内容でもあります。
 原文(口語訳)を読んでもらえばわかりますが、三教をとなえる論客の言葉は舌鋒鋭くかつ明晰、比喩を多用して素晴らしい論説となっています。

 一つ注意しておきたいのは仮名乞児以外の四人は次の段階の教えを「初めて聞く」と構想されていることです。つまり、蛭牙公子、兎角公は三教を全く知らない。亀毛先生は儒教の大家ながら、次の道教と最後の仏教は初めて聞かされた。二番手の虚亡隠士は儒教・道教はよく知っているけれど、坊主頭の僧を見るのは初めてであり、仏教は聞いたことのない教えであると。
 かくして仏教の仮名乞児は儒教・道教をよく知った上で「二教の上をゆく仏教について語る」と構想されています。これは『三教指帰』の原盤である『聾瞽指帰』も全く同じだから、マオが執筆当初から考えていた設定のようです。
 この件はこれまであまり問題視されなかったものの、とても不可解な構想です。マオはなぜこのような人物設定にしたのか。小論の最後でこの謎解きにも挑みます(^_^)。

 それはさておき、五人のモデルについて既研究は以下のようにとらえていました。
 1.蛭牙公子=モデル不明(空海の親戚にいたか?)
 2.兎 角 公=モデル不明
 3.亀毛先生=儒教を説く叔父の大足
 4.虚亡隠士=モデル不明
 5.仮名乞児=仏教を説く空海

 現代の研究者全てが亀毛先生のモデルだけは明瞭と認めています。同時に仮名乞児も空海マオであると。
 これはマオと大足が生きた時代も同様だったでしょう。二人のことをよく知る人がこの作品を読めば、誰もが「亀毛先生はあの大足さんだな」と思うに違いありません。
 そうなると儒教を論破することは叔父大足への批判となります。志賀直哉が実父直温を私小説に登場させたのと似ています。直温は自身が描かれたことを不快に思い、「小説なんぞ書いてないで働け」と言い、やがて父子は絶縁状態になりました。
 その後直哉は長編小説を構想して出生に祖父の子という秘密を抱える主人公を書こうと思います。普通作家がそのような小説を構想すれば、主人公と父と祖父の間に、妙な雰囲気が感じ取れる日常を描くでしょう。その材料を仮に自分の体験から取ったとしても、多くは空想であり、架空の世界が描かれるはずです。いわばフィクションとして、客観小説として。

 ところが、直哉にとって架空のお話では実感をこめて描くことができない。実感をもって書けるのは直哉自身の体験のみと言っても過言ではありません。それゆえ格好の材料は彼自身と父との不和の事実でした。その裏に出生の秘密があると想定して主人公の日常を書くわけです。それを使えば『暗夜行路』はもっと素晴らしい作品になったかもしれません。
 しかし、その描写はあまりにリアル過ぎて読者は作品を私小説として読む。いや、むしろ直哉は私小説作家としての評価が定まっているのだから、発表される作品は「また私小説だろう」と受け取られる。そして、父子が対立したわけはそこにあったのかと納得される。それは訂正しようのないスキャンダラスな事実として志賀家に多大の迷惑をかける……そう思えばこんな小説は書くわけにいきません。
 現に『暗夜行路』の連載が始まるや、友人たちは即座に反応して「正直に書いていないぞ」と私小説として読んでいるのです。直哉が怒ったのもわかる気がします。友人たちに「今度書く小説はフィクションだよ。出生に秘密を抱えた主人公の客観小説だよ」と事前に打ち明けておけば、まだ良かったかもしれません。しかし、作家がそのようなネタバレを作品発表前に言うかどうか、いや、仮にそう宣言したとしても、書かれた日常が直哉と父との不和の事実なら、読者は「私小説だな」と思うでしょう。やっぱり書くわけにいかないし、書いたとしても、発表できないでしょう。
 この事情が空海マオと『三教指帰』をめぐる構想でも起こるのです。

 マオの叔父大足は天皇家の家庭教師になるほどの儒学者です。おそらくいかめしさを絵に描いたような人物ではなかったか。昨今の大学教授のように親父ギャグなどもらすはずもない、謹厳実直・チョー真面目人間だったと思われます。
 それゆえ、亀毛先生を真面目な儒学者として描けば描くほど、大足に近づいてしまいます。おそらくマオは「これはとても書けない」と思っただろうし、書いたとしてもそのような作品は発表できません。

 そこで思いついた手法が《戯画化》です。作品中の儒者、亀毛先生を思いっきり茶化してしまえば、誰も亀毛先生を大足と思わない。しかも、戯画化することで儒教信奉者の問題点や欠陥を堂々と指摘できるメリットもある。言わば一石二鳥の構想です。
 となれば、横並びとする意味で道教虚亡隠士、仏教仮名乞児にも戯画化を施す。これも当然の処置でしょう。仏教僧は自分がモデルだからいいとしても、道教だって「モデルはいないよ」と宣言したことになるからです。

 では、戯画化の詳細を説明します。それは主として外見で描かれました。ここでは4虚亡隠士→5仮名乞児→3亀毛先生の順で説明します。

4.虚亡隠士……愚か者を装い、一見狂人のような振る舞いを見せる。乱れた頭髪、ぼろぼろの衣服を着て(非礼にも)あぐらをかいて「傲然」と語りだす。「亀毛先生よ。儒教は素晴らしいなどと何を言うておる。くだらぬ言葉だ。世に言う君子は道教では糟や糠みたいなものであり、仙術世界にとって瓦や小石程の値打ちしかない。今日の宰相大臣も明日は卑しい召使いとなるではないか。愚かなこと、痛ましいことよ。仙人になれば、不老不死の長寿を得てなんでもできるのに」と喝破する。

5.仮名乞児……あばら屋に生まれ、みすぼらしい家で育った。剃り落とした頭は赤く日焼けして顔も土色。容貌はやつれはて身体はがりがり。鼻柱はひしゃげ、目は角ばって落ちくぼんでいる。口はゆがんで乱食い歯。欠けた唇はウサギのよう。坊主の格好はしているが、鉢も数珠も錫杖もみな汚れ壊れかけ、どう見ても乞食坊主である。彼は亀毛先生と虚亡隠士の議論を聞き熱弁をふるう。「儒教も道教もこの世の幸福しか得られない浅薄な教えです。人は貧富に身分の上下、美醜を問わず死ねば墓の中。誰も現世の幸や財宝をあの世に持っていくことはできません。むしろ犯した罪悪を地獄で償わねばなりません。生きて苦しみ、死して苦しむとはなんと痛ましく悲しいことでしょう。八正道の仏教に進み常楽我浄の日々を送れば、悟りを得て三世に渡って救いが得られるのです」と仏陀の教えを説く。

 この二者に対して儒教亀毛先生の第一印象は以下のとおりです。
3.亀毛先生……生まれつき俊敏で堂々たる風貌、儒教経典、歴史書は頭の中にあり、儒教の古典・典籍はほとんど暗唱している。舌を動かせば枯れ木に花が咲き、議論を始めればしゃれこうべも生き返る。兎角公から堕落者蛭牙公子を説諭して欲しいと頼まれると、「いやいや、私はそのような人間ではありません。弁舌も不得意です」と謙譲の美徳を発揮しつつ口を開く。「仁義忠孝の儒教を実践し、学問によって立身出世を果たす。主君に仕え地位と財産を築き、妻子を得て後世に名を残す。それこそこの世の幸せである」と舌なめらかに語る。

 亀毛先生の記述は皮肉と取ることもできるけれど、素朴な誉め言葉とも言えます。語る内容も真面目な儒教論です。よって儒教編を読む限り、虚亡隠士や仮名乞児ほどの戯画化は感じられません。
 ところが、亀毛先生は道教・仏教を聞き始めるや意外な反応を見せます。亀毛先生最大の戯画化は以後の言動にあるのです。

 かくして亀毛先生は自信満々の儒教講義を終えました。静聴した蛭牙公子はひざまずいて「素晴らしい論説です。これからは心を入れかえ、一心に勉強したいと思います」と言い、兎角公も賛辞を惜しまず「私も生涯の糧として励みたいと思います」とひれ伏します。
 すると、部屋の片隅で黙って聞いていた虚亡隠士があぐらをかいたまま「傲然」と口を開きます。「ふん」といった感じでしょうか。
「なんとおかしな弁舌ではないか。そなたの病人に対する薬の与え方といったら。最初は威勢が良かったのに、後になるほど尻すぼみ。竜頭蛇尾とはこのこと。おのれ自身の重病を癒しもせず、たかが他人の足にできた腫れやまいをむやみにあばき立てるばかり。そんなことなら治療せぬ方がまし」と。
 これを聞いた亀毛先生、虚亡の口調に圧倒されたのか、うろたえあわてて恥ずかしそうに言うのです。
「虚亡先生。どうかすばらしい教えがございましたら、お導きください。私は軽率にも兎角公のいいつけで喋っただけです」と。
 これはまた「ええっ」とあきれるほどの狼狽ぶりです。

 自信に満ちた儒学者の意外な素顔。これをまともに解釈すると「私はたまたま命令されて語っただけで本意ではありません。自信もありません」と聞こえます。「何それ?」であり「おいおい」と茶々を入れたくなります(^.^)。

 これは儒者の一面を突いた皮肉と見ることもできます。目下の者や部下に対しては常に自信満々の言動を取りながら、目上の人とか上司・お偉方が現れると「ははーっ」とひれ伏してろくに意見も述べない――そのような人物群が想像されないでしょうか。
 今で言うなら学校の先生とか校長先生にしばしば見かけるタイプです。生徒には人の道や人生について熱く気高く語りながら、県教委のお偉方や有力政治家が現れて「生徒はもっと厳しく指導せにゃあ」と言われると、平身低頭「お説ごもっとも」と相づちを打つかのような……(^.^)。

 さらに、虚亡隠士が道教を語り終えると、亀毛先生は頭を下げて言います。
「なんとすばらしい教えをいただいたことでしょう。今こそわかりました。悪臭と芳香、ぶ男と美男子、金と小石の違いのように、道教こそ比類なき教えであることが。今後は一心不乱に精神を練り鍛え、長く道教を学んでいきたいと思います」と。

 この比喩をあてはめるなら、いかめしき儒学者亀毛先生が《儒教は悪臭であった、ぶ男だった、小石ほどの価値しかなかった》と語っている(そのようにマオが描いている)のです。これを戯画化と呼ばずしてなんと呼びましょう。

 さらに、仮名乞児の仏説を聞き終えた四人は次のように描かれます。
「あるいは懼れ、あるいは恥じ入り、おのれの無知を悲しむ一方、喜びに顔がほころんだ」と。
 もちろん亀毛先生もこの中にいます。亀毛先生は仏説を知らなかった自分が無知だった、恥ずかしいことだったと告白している(とマオが描いている)のです。
 最後に(四人は)躍り上がってこう言います。
「私たちは大導師にお目にかかり、出世間の最もすばらしい教えである仏法をうけたまわることができました。かの周公・孔子の儒教や老子・荘子の道教などは、なんと一面的で浅薄なものであることか。今後は大和尚の慈愛あふれる教えを書き記して、生まれかわり立ちかえる後々の世まで、悟りの世界に向かう船とも車とも致したい」と。

 実在の儒学者大足が道教にひざまずくかどうか。乞食坊主の仏説を聞いて「最高の教えです。今後は仏教に衣替えしたい」と賛嘆平伏するかどうか――あり得ない描写であり、あり得ない言葉です。
 普通に考えれば、大足が道教、仏教を知らないはずがない。さらに、儒学に身を捧げているであろう大足がこのような言動を取るはずもない。これこそ空海マオが儒学者亀毛先生に施した最大の戯画化なのです。
 叔父がこてこての儒者であるほどあり得ない。つまり、儒学者亀毛先生をこのように描くことで、読者に「これはあの大足さんではないな」と思わせることができるのです。

 同時に亀毛先生や虚亡隠士が仏教を知らないと設定したことも、作品構造を単純化するとともに、モデル特定を防ぐためだったと考えることができます。
 実際の大足は幼い頃から儒教を学び、道教・仏教も知識として持っているでしょう。その上で彼は儒学者として生き、天皇家の家庭教師になった。今後儒学者として大学寮教授への道が開けているかもしれない。つまり、現在の大足は道教も仏教も知った上で、儒教を選択して儒者となっている。だから、儒教しか知らない亀毛先生が道教にひれ伏し、仏教を信奉すると描いたとしても、それは大足を描いたことになりません。

 これは道教論客虚亡隠士に対しても適用されます。マオは山岳修行の過程で、仙術修行に励む多くの道教信奉者と出会ったでしょう。彼らは当然儒教も仏教も知っている。その上で道教を信奉して「俺は仙人になるんだ」といきまいて厳しい修行に耐えている。こちらも「道教(と儒教)しか知らない人」とすれば、彼が仏教に転向すると描いても、誰か特定の人をモデルにしたことにはならない。つまり、亀毛先生も虚亡隠士もこの世に存在しない人間なのです。
 それは名前に象徴的にあらわれています。亀に毛はないだろうし、虚亡とは虚ろな亡霊であってともに架空世界の人なのです。

 かくして戯画化することで、亀毛先生=大足叔父と受けとられることを防げる。マオは「よっしゃー。いいこと思いついたぞお(^_^)」と執筆に熱が入って『聾瞽指帰』は完成しました。では、作品は直ちに公開できたでしょうか。
 いやいや、とてもそうとは思えません。なぜなら、戯画化によって別の問題が発生するからです。

 戯画化とは誇張であり、現在でも有名歌手のものまねは笑いを誘って人気があります。たとえば、コロッケさんが歌手の形態ものまねをやったとき、まねされた当人の反応は二つに分かれます。「面白いけど」と苦笑しつつ許すか、「全然似ていない!」と言って腹を立てるか(^.^)。
 まねされた歌手が一時期有名だったけれど今は落ちぶれている場合など、コロッケさんによって再び脚光を浴び、「ありがたいよねえ」と感謝されることだってあります。不思議なことは「似ていない」と言って怒った人が、舞台上でコロッケさんのものまねに近づけて笑いを取ることさえあることです。どうやら戯画化された方は最終的に笑って許すしかないようです(^_^)。

 マオの場合はどうか。たとえば、完成した『聾瞽指帰』を大足叔父に読ませるとします。すると、叔父は相反する二つの反応を見せる――とマオは想像したでしょう。「なんだ、これは」とあきれつつ、笑って許してくれるか。
 あるいは、「ふざけるんじゃない。こんな儒者はいない」とか、「お前は儒教をバカにしているのか。私が仏説を聞いたくらいで仏教にひれ伏し、宗旨替えすると思うか」と怒る姿です。
 まともに描こうが戯画化して描こうが、亀毛先生のモデルはやっぱり大足叔父しかいません。戯画化すれば、今度は「私をかくも低俗な人間として描くのか」と言われる恐れが出てくるのです。さー困った(^_^;)。

 これは叔父に読んでもらわなければ、答えは出ません。叔父が「面白いじゃないか。こういう儒者もいるかもしれん」と笑って許してくれる。それがわかってようやく『聾瞽指帰』は公開できるのです。

 志賀直哉の『暗夜行路』にも同様の流れがありました。直哉が祖父の子謙作という小説を構想したのは彼が三十歳前後のことでした。ところが、その後父子の対立は決定的となり、直哉は家を出てやがて絶縁という最悪の関係になりました。こんな状況で出生に秘密を抱えるお話など書けるはずもありません。よって『暗夜行路』が発表できるには父との和解が必要でした。
 四年後、直哉三十四歳の時父との和解がなると、直哉は直ちに『和解』を書きあげます。これによって父子の問題は解決され、ようやく『暗夜行路』をめぐる壁が取り除かれた。直哉は出生に秘密を抱える主人公を書いても、父は「(笑わないだろうけど)許してくれる」と思えたはずです。さらに四年後、直哉三十八歳のときに『暗夜行路』の連載が始まるのです。

 想像するに『聾瞽指帰』はマオが仏教に入門した早い段階ですでに書き上げられていたと思います(最低限儒教編と仏教編が)。しかし、このような経緯で巻物三巻は筐底深く仕舞われたのです。

 もう一つ、そこにはマオにとってもっと深い根本的な問題もありました。
 それは自身本当に仏教に進むのか。仏教は命をかけるに値するか。心から仏教を信奉できるか、との問題であり課題です。
 これが解決されるまで、マオは『聾瞽指帰』を公開できない、叔父に読んでもらうことはできないのです。

****************************************

=======================================
 最後まで読んでいただきありがとうございました。

後記:本文中に紹介した三教論客の言葉や内容は福永光司著『空海 三教指帰ほか』(中公クラシックス、2003年中央公論新社)より引用しました。
 なお、私がまとめたり、微妙に口語訳を変えた部分があることをお断りいたします。(御影祐)
=======================================
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
 MYCM:御影祐の最新小説(弘法大師空海の少年期・青年期を描いた)      
  『空海マオの青春』小説編配信終了 論文編連載中     
  小説編PDFファイル500円にて販売  詳しくは → PDF版販売について
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


第 11 へ

画面トップ



Copyright(C) 2014〜 MIKAGEYUU.All rights reserved.