本作は『空海マオの青春』小説編に続く論文編です。空海の少年期・青年期の謎をいかに解いたか。空海をなぜあのような姿に描いたのか――その探求結果を明かしていきます。空海は何をつかみ、人々に何を説いたのか。私の理解した範囲で仏教・密教についても解説したいと思います。
前半「4つの謎」について4回目。
空海マオが大学寮をやめるに至った事情を探ります。
前節は『三教指帰』(原題『聾瞽指帰』)の私小説的表現を例として空海マオがめめしく悩む若者であったことを証明しました。書かれたことを冷静に把握し、論理的に推理した成果と言えましょう。
今回はそのような若者が大学寮に入れば、どうなるか。あり得たであろう個人的事情と歴史的事実から推理していきます。
本節は論文編第6「大学寮入学前のマオと長岡京」、第7「大学寮入学後の失望と絶望」のまとめです。
第6節は当時の時代背景(新都長岡京、不作、飢饉、役人の不正、東北蝦夷と巣伏の戦い)、桓武天皇と藤原氏などを詳しく解説しています。ぜひお読みください。
なお、(二)(その1)以降の表題に副題をつけました。
プレ「後半」その4 空海論 前半のまとめ
(一) 空海の前半生、前期(生誕〜23歳) 11月20日
(二) 前期4つの謎について
(その1)『三教指帰』を一読法で読んで謎を見い出した 11月27日
(その2)「蛭牙公子」とは誰か、登場人物の戯画化について 12月04日
(その3)空海マオはめめしく悩む若者であったことを証明 12月11日
(その4)空海マオが大学寮をやめた事情 12月18日
(その5)以降検討中(^_^;)
マオ17歳(791年)ころの藤原三家について。
三家とは北家(ほっけ)、式家(しきけ)、南家(なんけ)のこと。朝廷の首班は南家の藤原是公(これきみ)、継縄(つぐただ)が握っていた。伊予親王は是君の孫。
藤原北家には真夏(まなつ)と冬嗣(ふゆつぐ)兄弟。式家には緒嗣(おつぐ)といとこの仲成(なかなり)。同じく式家に皇太子安殿(あて)親王。この4人は空海と同年齢。
・藤原百川(ももかわ、緒嗣の父)・藤原種継(たねつぐ、仲成の父)・内舎人(うどねり)・賜与(しよ、恩賜と同じ)
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***************** 空海マオの青春論文編 後半 ******************
空海マオが大学寮をやめた事情
マオは大学寮入学まで約三年間(788〜791年)帝都長岡で暮らします。奈良から遷都(784年)して4年目、長岡はいまだ皇居も完成しておらず、新都建設の真っただ中です。
マオにとっては14歳から17歳まで。今なら大学入学のための受験勉強期間であり、高校時代の三年間に当たると言っていいでしょう。
それは多感な十代後期であり、燃えたぎるような情感、怒りや憤りを感じるかと思えば、すぐに絶望したり暗い感情にとらわれる。周囲と社会を皮肉っぽく眺め、親や権威に反発したり、異性を意識して性の目覚めもいよいよ盛んになる……そのような年頃です(^_^)。私は小説編において童貞少年の「夢精」も描きました。
とは言え、空海マオはひたすら真面目に、ひたすら純朴に儒教の勉学に励んだと推察されます。
そして、791年大学寮に入学します。
大学寮は九年制で日本に一つしかなく、卒業後は官僚になることが想定されています。今で言うなら国家公務員上級職養成機関でしょうか。マオは儒学を学ぶ明経科に入ったようです。
現代でも「キャリア」と呼ばれる国家公務員I種(上級)試験合格者は昇進が早く、最終的に(一人が)各省庁事務方トップになる。しかし、ごく一部を除いて政治家、そして大臣になるわけではありません。
それは空海の時代も同様で、大学寮を出たからといって天皇側近の政治家――すなわち太政官になれるわけではない。現在省庁の大臣、副大臣は国会議員が務めるように、奈良時代の大臣は四位以上の貴族がなる。大臣以下朝廷の役職は門地が重視され、天皇(朝廷)による任命制でした。現代の都道府県知事にあたる国司も任命制。
簡単に言うと、親が高位なら子どもや孫が優遇される社会であり、逆に言うと、いかに能力が高くとも、親が高位でなければ任官・昇進において不利を受ける社会でもありました。これを「蔭位(おんい)の制」と言います。
ちなみに、以上は「絶望」の伏線です。
その前に「大学寮への失望」について語ると、これは現代の高校生が大学に入学したときの失望と同じでしょう。
最近のことはよく知りませんが、今から数十年前大学は「教養課程(1、2年)と専門課程(3、4年)」に分かれていました。教養課程とは大ざっぱに言うと国数理社英を学ぶ。つまりは高校時代の繰り返し(と思える)。
ようやく大学に入学して「これから専門科目を勉強するぞお!」と燃え上がるような(^.^)気持ちでいるのに、「何だよ。また高校と同じ勉強か」とがっかりする。
当時の大学寮にもちろん英数理社はなく、明経科は中国の「四書五経」を学ぶ。始まりは「子曰く」の『論語』です。
空海マオはすでに儒学を相当学んでいます。彼が論語から始まる大学寮の授業に失望したことは想像に難くありません。昔も今も学生の感情は同じです。
それだけでなく、マオは入学前の数年間、大学寮数年分の科目を徹底的に――丸暗記するくらい勉強していたと考えられます。
おそらくこれが一年目からマオの飛び抜けた優秀さを示す例となったでしょう。
マオはすらすらと原典を読みこなし、他の学生が知らない昔の解釈書もなんなく読める。あるいは、教授が「この部分はある漢籍から引用されたものだ。出典が何かわかるか」と問えば、マオは「それなら『史記』のこの部分、『文選』のあそこにあります」と答えられる(『三教指帰』に引用された文献を見るとわかります)。
余談ながら昔NHKで「ひょっこりひょうたん島」という人形劇がありました。小学校時代よく見たものです。その中に「博士くん」という小学生なのに天才的な物知りがいてリーダー的な活躍を見せます。
どうしてそんなに頭がいいんだと思ったけれど、あるとき彼が「百科事典を丸暗記していた」ことがわかります。「なるほど」と納得(^.^)。
凡人には到底無理だけれど、空海とは正にそれをやってのけた人と言えるでしょう。
ただ、学友が驚きあきれるこの能力。空海にとっては(現代なら)頭の中にパソコンが1台あってそれを検索して発表しているようなもの。つまり、新しいものを生み出す創造的な活動ではない。
マオにとって大学寮はつまらないところと感じたでしょう。「この勉強をこれから九年間もやらねばならないのか」と思って暗澹たる気持ちにとらわれたのではないかと思われます。
もう一つ空海マオを失望させたのは大学寮の講義が《訓詁注釈》であったことです。
訓詁注釈とは教材についてひたすら古人の解釈を学び、それを丸暗記するような授業です。新入生が感じる教材への疑問とか新しい解釈などは一切受け入れられない。ひたすら昔の解釈ばかり学ぶのです。
私の大学時代でもまだ一人か二人そういう講義をする先生がいました。単位を取るために仕方なく勉強したものの、これも教養科目同様面白くなかった。
訓詁注釈型講義が創造的タイプの人間にとっていかに「耐え難いものであるか」――これもたやすく想像できます。新しいものが全くないのですから。
たとえば、マオが教授に「この部分の解釈はおかしくないですか」とか、「ここはこう解釈すべきだと思います」と言っても受け入れてもらえない。
大学寮の助教や教授達は訓詁注釈を学び、それによって先生になったのであり、同じやり方を学生に下ろすだけだったろうと思います。
かたや学生達も官吏登用の試験には訓詁注釈問題しか出ないことを知っている。「俺たちは大学寮で学んだら、官吏になるんだから当たり前だ」と思っています。空海マオがこのような大学寮に異和感を覚え、失望したことは大いに想像できるところです。
では表題に書いた「大学寮入学後の失望と絶望」のうち「絶望」とは何か。
私は空海マオが大学寮に失望するとともに「田舎者の自分はどんなにがんばっても天皇側近の政治家にはなれない」と絶望する何かが空海の周囲にあったのではないかと想像しました。そして、この探求の結果を小説編第二章最初の「1失望・2鷹狩り・3宴の若者たち」で描きました。
ここで登場するのは藤原北家真夏と冬嗣兄弟、藤原式家緒嗣といとこの仲成。同じく式家の皇太子安殿親王です。マオと真夏、緒嗣、仲成、安殿親王の五人は全く同年の生まれです。
私は小説を盛り上げるため、この頃五人が鷹狩りを通じて関係を持ったと描きました。
それはあくまでフィクションです。
しかし、大学寮にいるマオや学友達の間で、式家の仲成、緒嗣の二人は必ず話題に上ったに違いありません。
なぜなら、この二人は十七歳にして従五位下の身分という、通常あり得ない昇進を果たしていたからです。それは桓武天皇の鶴の一声だったでしょう。
まず緒嗣は藤原百川の長子です。姉は桓武天皇の夫人。百川は光仁・桓武二代の天皇即位に尽力した後、七七九年に病気で亡くなっています。緒嗣が五歳の時です。
また、仲成の父は藤原種継。長岡遷都を主張し、造宮使に任命されながら、七八五年に暗殺されました。この年仲成は十一歳。
仲成には直ちに正六位上が叙位され、同年十一月に従五位下が与えられています。これは父親の忠義と非業の死に報いるための特例的措置と思われます。
一方、緒嗣の方は十四歳の元服時に正六位上内舎人(うどねり)に任じられ、封戸百五十戸を与えられています。このとき桓武天皇自ら加冠と帯剣の賜与が行われたと言われます。
さらに六年後、五人が十七歳になった四月、緒嗣は従五位下侍従(天皇の秘書官)に任命されています。
つまり、空海マオが大学寮に入学した年、同期生の一人、仲成はすでに従五位下であり、四月には緒嗣も従五位下侍従に昇進して天皇のお側に仕えるようになった。こんなことはかつてなかったことです。
空海マオが「これが門地を重視する蔭位の制であり、官位昇進の仕組みだった。能力・実力がいかにあったとしても、それが発揮される場が開かれていない」と感じ、官僚への道に絶望したとしてもおかしくありません。
大学寮に失望し、進路にも絶望したとき、人はどのようになるか。今も昔も同じ、堕落の道が始まるのではないでしょうか。
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最後まで読んでいただきありがとうございました。
後記:前置きの目次に「以降検討中」と書いたように、本年の配信は今回をもって一旦終わりにしたいと思います。
空海論文編後半は「プレ後半」と題して前半をまとめつつ紹介する趣旨で始めました。が、意外に(と言うか当然と言うか)長引いております。
理由は単純。そもそも元となる論文(前半)各節が長いので、それを短くまとめることに困難が伴っております。テーマ別の結論だけ書いて「あとはホームページの論文読んでください」で終わりにすればことは簡単。しかし、それではよほど関心ある読者以外読んでもらえないでしょう。目下思案中です。
そんなわけで、次回配信は1月半ばを予定しています。
さて、1年の経つのはほんとに早いものです。
日本も世界も様々な問題を抱えつつ、時が流れます。
それでも悠久と思える時間を生きる太陽は何も言わずただ地球と生き物たちを見つめている。
太陽に意思があるなら、ある生き物が栄えるのも滅びるのも「お前たちが決めること。私はただ眺めるだけじゃ」と言っている……。
かつて恐竜族が滅んだように、人類が滅亡して1万年もすれば地球は元の気候を取り戻す。そして、ある生き物が新たな進化の道を歩み始める……。
ちなみに、前者が『大日経』の考え方であり、後者は手塚治虫先生の『火の鳥』にあります。
とは言え、私たちにできることは翻弄されつつ日々懸命に生きることでしょうか(^_^)。
本年も長文にお付き合いいただきありがとうございました。
良い年をお迎えください。 m(_ _)m 御影祐
2024年12月18日
後半第 13 へ
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