アテネオリンピック その4


○ 強いかもしれないけれど成金の金ぴか主義はいかがなものか



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ゆうさんごちゃ混ぜHP「狂歌教育人生論」        2004年 9月18日 第29号

 (^_^)今週の狂短歌(^_^)

29 強いかもしれないけれど成金の金ぴか主義はいかがなものか

(^O^)ゆとりある人のための5分エッセー(^O^)  

アテネオリンピック その4


 ☆ 金ぴか主義

 トーナメント決勝戦で負けたからといって、それまで勝ち進んだことを台無しにするような発想はどうも好きになれない。
 柔道女子48キロ級で、谷亮子選手はオリンピック2連覇を達成した。しかし、彼女が前回シドニーオリンピックで、のたもうていた「最高で金、最低でも金」なんて発言は感心しない。
 確かに彼女は世界選手権6連覇中ながら、シドニー前2回のオリンピックでは連続銀メダルに終わっていた。だから、シドニーで「最高で金、最低でも金」と言いたい気持ちはわからないでもない。
 彼女のすごいところはその宣言通り金メダルを獲ったことだ。今回のアテネでは足の故障がありながら、優勝して2連覇を達成した。そしてまた、「田村で金、谷でも金」なんて名言(?)を残した。
 結局、彼女はオリンピックで四回出場して銀銀金金だったことになる。すごすぎる?(・o・)

 しかし私には、金メダルでなきゃ――の金ぴか主義はどうも好きになれない(^.^)。
 柔道井上康生選手の「金以外はみな同じ」発言(あったと思うが、あるいは雰囲気だけかも)も、ある意味傲慢(ごうまん)ではないだろうか。
外国の選手だってただ突っ立っているわけではないのだ。日本のお家芸だった柔道も、今や世界的スポーツである。強い外国選手だって多い。
 井上選手の本戦と敗者復活の1本負け2試合は、油断だったと言われても仕方ないだろう。
 だが、彼は日本選手団の代表。自分が無冠に終わった後も、アテネに残って他選手の試合を応援し続けた。閉会式にも笑顔で参加した。死語かもしれないが、ナイスガイだと思った。

 お札をまき散らす成金趣味じゃあるまいが、最近日本の有力選手には、金メダルじゃなければ意味がないかのような風潮がはびこっている。それは日本だけでなく世界的な傾向でもあるようだ。
 ほとんどの国でメダルを獲ると報奨金を出す。CMなどの副収入も増える。いつの間にか「参加することに意義がある」オリンピックから、「メダルを取らねば意味がない」オリンピックに変わってしまったかのようだ。

 それは見ているこちら側にも問題があるようだ。
 たとえば、陸上女子1万メートルでは、日本の選手3人がみな先頭から1周遅れ、ひどいと2周遅れ(!)で惨敗を喫した。
 マラソンではあれほど強い日本選手がなぜと思ったし、そこまで遅れるんだったら「出るなよ(^_-)」と言いたくなった。(この1万メートルには、マラソンをリタイアしたあのポーラ・ラドクリフ選手も出場した。しかし、またも途中で棄権してしまった。彼女はこの挫折からどうやって立ち直るのだろうか?)

 だが、女子100メートル予選では、あのアフガニスタンから20歳の女の子が出場していた。
 タリバン政権下では女性は顔を隠し、肌を露出できず、いわんやスポーツなど夢のまた夢だった。それがタリバン崩壊後走れるようになり、彼女は初めてオリンピックに出場したのだ。
 レースは先頭がゴールしたとき、彼女はまだ半分ちょっとしか走っていなかった。他選手とは格段の差で……ビリに終わった。しかし、彼女はオリンピックに参加できる喜びを笑顔で現していた(^o^)。これが原点だよなあと思った。


 ☆ さわやかな銅メダル

 オリンピック最後の最後で、さわやかな銅メダリストが誕生した。
 最終日の男子マラソンで3位となったブラジルのデリマ選手だ。彼は35キロ過ぎまで先頭を独走しながら、妙な男に妨害されてペースを乱した。そのとき2位の選手とは28秒差あった。デリマ選手が妨害によってロスした時間は15秒ほどだったらしい。
 デリマ選手はその後も走り続けたが、2人に抜かれて3位となった。1位バルディニ選手(2時間10分55秒)で、2位がケフレジ選手だった。
 デリマ選手と彼らとの最終的な差は1分16秒と44秒だった。単純に彼の時計から15秒、あるいは倍の30秒を引いても2位に追いつけない。しかし、精神的なダメージを考慮するなら、あの妨害がなければ金メダルだったかもしれない。

 ところが、当のデリマ選手は銅メダルを殊の外(ことのほか)喜んでいた。
 彼はトラックでは手を広げて飛行機走りをしながら笑顔で入線した。
「世界の3位以内に入ることが目標だったから、それを達成できた」と言って喜んでいた。
 人間なかなかこうは言えない。ここですねたりふてくされたり、レースの無効を訴えることだってできる。だが、彼はそのような発言を一切しなかった。(もっとも、もし1位2位と数秒差の3位だったらどうだろうか?(^_^;)

 その結果彼はスポーツマンシップをたたえる特別なメダルをもらい、母国ブラジルで熱狂的な歓迎を受けた。
 彼は確かに金銀のメダルを失った。だが、より多くのものを得たと言えるかもしれない。
 おそらくこの件は長く語り継がれ、デリマ選手の名も残るだろう。このマラソンで1位となった選手の名は忘れ去られても、デリマ選手の名はずっと残るに違いない(^_^)。


○ 強いかもしれないけれど成金の金ぴか主義はいかがなものか

○ 妨害に屈せず走って銅メダル達成できたと笑顔のデリマ


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 最後まで読んでいただきありがとうございました。

後記:アテネオリンピック特集第4弾です。来週あと2回配信します。
   昨日からアテネでパラリンピックが始まりました(^O^)。(御影)



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