○ 外国の スラムでがんばる若者の 出発点は「なんとかしたい」?
ゆうさんごちゃまぜHP「狂歌教育人生論」 2011年 1月 21日(金)第 129号
寒中お見舞い申し上げます。
遅ればせながら、今年もよろしくお願いいたします。m(_ _)m
日本列島ぶるぶる寒波の到来で、雪国は大変だと思います。
雪かきで命を失っている方も多いとか。その多くが年輩の方々のようです。
初老の域に入った友人と語っているとき、
「年をとってから今まで普通にできていたことができなくなったり、失敗することが多くなった」の話題が出ました。
今までにもまして慎重に行動するよう、お気を付けください。
さて今年初メルマガの材料としていろいろ考えました。
候補はいくつかあるのですが、新年を飾るにふさわしい「明るいインパクト」にイマイチ欠けています(^_^;)。
そんな折、1月10日成人の日の朝10時過ぎ、たまたまNHKをつけたら「ミッション 僕たちが世界を変える」をやっていました。
成人の日特集でしょう。日本の若者が世界のスラム街で活躍する姿を描いており、思わず見入ってしまいました。
そして見終えた後「いろいろ言われる今どきの若者だが、やるじゃないか」と明るい気持ちになりました。
放送が午前10時から11時とビミョーな時間帯であり、ご覧にならなかった方も多いと思われます。
「これはぜひ見なかった人のために内容を紹介したい」と今年初メルマガに取り上げることにしました。
えっ「話題に困ったからだな」ですって?
いえいえ。決してそのようなことはございません……が(^_^;)。
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(^_^)本日の狂短歌(^_^)
○ 外国のスラムでがんばる若者の 出発点は「なんとかしたい」?
まずは番組の内容をNHKホームページからそのまま掲載すると、
世界最貧国のひとつ、バングラデシュでストリートチルドレンの救済に取り組む渡辺大樹さん。ケニア・ナイロビの世界最大級のスラムで、子どもに無料診療を提供する宮田久也さん。モンゴルの貧しい子どもに、サッカーで夢を与えようとする森本高史さん。単身、途上国に飛び込み、貧困や格差など、解決困難と考えられてきた難問に挑む、3人の若者を追う。
――とあり、その通りの内容でとても感動した。日本の若者やるじゃないか、と思った(^_^)。
特にバングラデシュの渡辺氏は現地語がぺらぺら。7年前バングラデシュに来てスラム街で子どもたちに青空教室を開いてきた。
今はその中の意欲ある子どもたちを集めて共同生活をさせ、さらにストリートチルドレンのための学校を作ろうとしている。
すでに土地は購入して今後建物などに取りかかるところだった。
彼の活動で感心したのは貧困に苦しむ子どもたちのことを現地の人たちで解決しようとしていることだ。
活動費用を外国の支援に頼るのではなく、できるだけ現地で調達しようとする。
バングラデシュは独立以降現在に至るまで海外の支援を受けており、援助頼みの体質は「自力でなんとかしようという気持ちを損なっている」との考えからだ。
青空教室で意欲のある子を集めるときも、その子の親を見るという。
「食い扶持が一人減って助かる」などと思うような親の子どもは集めない。
我が子の将来を本気で心配する親の子を集めるとのこと。
そして、学校を建てる資金も彼が土地の銀行や企業などを回って協力を依頼する。それが一人で、アポもなく突然訪問してなおかつ現地語による説得だから驚く。
だが、当然のようにかんばしい返事はえられない。そんなことは政府がやればいい、などと答えるからだ。
そこで彼は仲間とストリートチルドレンの現状を伝えようと自主映画をつくった。
それもドキュメンタリーではなくドラマとした。理由は「その方がより強く子どもたちの現状を訴えられる」との考えからだ。
そして映画の上映につれ協力者が増えていった。中流以上の家の若者は大学に通っている。映画を見た学生たちの中から「初めてストリートチルドレンの実態を知りました」と活動に加わる若者も現れた。
また、一人の現地篤志家からは「では建物1棟分の資金を提供しましょう」と言われた。
渡辺さん、さすがに嬉しそうだった(^_^)。
また、ケニアの宮田氏はスラム街の子どもたちのために活動している。
ケニアのスラムでは幼児の一割超が五歳までに死ぬという。食料が足りず栄養不良になりやすい。きれいな飲み水もなく、下水設備もない劣悪な環境だから簡単に病気になる。しかし、病気となっても金がないので病院に行けない。だから、手遅れとなってしまう。
宮田氏が考えた方法は、病気が疑われる初期の段階で発見して病院に連れて行くこと。そして診察して薬を渡す。
診察も薬代も全て無料で対応する。
診察後子どもと親には《無料診察券》が渡され、「また来るように」と言って返される。
宮田氏は毎朝スタッフとともにスラムを回り、具合が悪そうな子どもをバスに乗せて病院に連れて行く。私は最初彼は医師だろうと思った。
ところが、彼は医師ではなかった。そして「NPOチャイルドドクター」なる仕組みも初めて知った。
最初《無料診察券》は海外からの資金援助に頼っているだろうと思った。
だが、同じ援助でもちょっとパターンが違う。《無料診察券》の資金集めとして作られた仕組みが「NPOチャイルドドクター」だ。
その方法は子ども一人に対して日本など先進国からひと月千円の援助を募る。そのお金がその子の診察費や薬代となるとのこと。子どもは感謝の気持ちを絵や手紙にして支援者に送るともあった。ああこれもいいなと思った。
このような方法で、宮田氏が関わるスラムでは、乳幼児の死亡率が劇的に低下したという。
そしてモンゴルの森本氏はサッカーを通じて貧しい子どもたちを指導している。
子どもたちはサッカーに熱中する。だが、満足に食べることができないから、腹を空かせている。
森本氏は子どもたちに「バナナを三本提供しよう」と現地スタッフに提案した。
だが、彼らは反対である。「今バナナを与えたら、それが普通となる。次は食事を与えなければならなくなる。その次は、となってどんどんふくらむから」と言う。確かに活動資金が潤沢にあるわけではないだろう。その主張もよくわかる。
森本氏は結局自腹で子どもに食事をふるまった。自立と支援をどう関係づけるかは、いつでも悩みの種なんだなと思った。
これら三人の若者はみな三十歳前後である。日本の若者、やるじゃないかと思った。
番組ではその活動が軌道に乗るころを中心に映像化されていた。初めの頃は相当辛く苦しいことがあったのではないだろうか。
それでも、あきらめることなく活動し続けた。彼らのエネルギー源はなんだったのか、聞きたい気がした。
また、私は昨年メルマガ「 ニート克服法 」の中に「貧しい国に行ってみれば自分の人生観が変わる」と書いた。その例にもなっていると思った。
彼らだって最初からそうした活動をしようと思ってスラムに飛び込んだのではないかもしれない。
スラムで活動を始めた理由は語られなかったが、「ただなんとなく行ってみた」だけなのかもしれない。
しかし、スラムの現状を知って「なんとかしたい」と思ったのだろう。
もう40年前になるけれど、私が十代のころはベトナム戦争末期のときだった。そのころは大学紛争とか戦争反対の活動が盛んだった。
私も悲惨な状況を知って「なんとかしたい」と思ってデモなどに飛び込んだ。大学では自治会活動に参加して挫折した経験がある(^_^;)。「なんとかしたい」の思いは昔も今も共通なのかもしれない。
その言葉はバングラデシュであの映画を見た大学生も言っていた。
「なんとかしたい」という思いが、彼らの活動の出発点であり、エネルギー源であるのかもしれない。
○ 外国のスラムでがんばる若者の 出発点は「なんとかしたい」?
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最後まで読んでいただきありがとうございました。
後記:「NPOチャイルドドクター」についてインターネットで検索してみたら、以下の公式ホームページがありました。
関心ある方はご覧ください。→ NPOチャイルドドクター
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