「そのうち」はない?


○ そのうちに何々しよう そのうちに 思うばかりで時は過ぎゆく



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ゆうさんごちゃまぜHP「狂歌教育人生論」        2012年 6月 10日(金)第 144号


 5月半ば頃大分の実家に帰省しました。
 田舎は初夏の緑にあふれ、夏の日差しと風がさわやかでした。
 一週間ほど畑仕事に励んで、トマトやキュウリなど夏野菜を植えました(^_^)。

 さて私事で恐縮ですが、このたび東京のアパートを引き払って実家に戻りました。
 退職後十一年、さすがに貯金食いつぶし生活がしんどくなり、しばらく(家賃のかからない^_^;)田舎生活を送ることにしました。
 ただ、実家に完全撤退の気持ちはまだなく、機会があれば再度上京したいと考えています。
 友人たちには「『空海マオの青春』がどこぞの監督さんの目に触れて映画の原作になれば戻ってきます」と言って別れました(^_^;)。

 これまで実家ではネット生活ができませんでした。しかし、今回はケーブル接続でブロードバンドができるようにしたので、インターネット環境は東京と全く変わりありません。

 そんなわけで今後メルマガは実家よりの配信となります。
 以前にも増してごひいき下されば幸いです。m(_ _)m

 今号は久しぶりの引っ越し活動を通じて悲喜こもごもの体験をしたので、そのことを書きたいと思います。
 学んだことは「そのうち何々」はないのではないか――ということです。
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 (^_^)本日の狂短歌(^_^)

 ○ そのうちに何々しよう そのうちに 思うばかりで時は過ぎゆく

 (^O^) ゆとりある人のための10分エッセー (^O^)

 【「そのうち」はない? 】

 いざ引っ越しをすると決めたとき、家具や家電・雑貨をどうするか迷いました。
 一人暮らしだったとは言え、三部屋に一世帯分の大物・小物があります。そして、実家にも父母が使用した家具ふとん類があるので、かなり重なります。全部持ち帰る必要はないし、選ぶと少なくなって引っ越し業者を使うほどでもない。そもそも、東京から大分への遠距離引っ越しだから相当費用がかかります。

 そこで、家具や衣類、生活用品はほとんど処分することにして、自家用車に入る程度だけ持ち帰ろうと決めました。
 処分するのは衣類に本棚や水屋、折り畳みベッドなどの大型家具、冷蔵庫などの家電。そして一千冊近い書物です。
 これらのうちゴミ寸前のものは捨てるしかありません。しかし、買取してもらえるなら、売って金にしたい――少なくとも誰かが利用してくれれば、燃やしてしまうよりいいと思って買取業者に来てもらったり、こちらから持っていきました。

 まず初めはスーツ、ブレザー、ブルゾンなどの衣類。ちと古い型であるものの「着られなくはない」と思ったものを持っていったところ……、
「査定の結果店頭に出せるものはありませんでした」との返事。
「重量での買取になりますが」と言うので、
「いくらですか」と聞くと「キロ5円です」。ふにゃ(-_-;)。
 持参した衣類は計8キロだったので合計40円!
 まー燃やされるよりいいと思って40円もらいました(^_^;)。

 その後10本ほどあった古いゴルフクラブは「4本が買い取れます。1本100円です」で400円。500円の格安手袋を買ったので、100円払いました。
 次に食器・陶器類。使用済みは引き取らないので、使わないまま持っていた箱入りの未使用品を持っていきました。
 これが一つ200円から300円で合計3000円ほどになりました。

 そのとき売り場にあった同様の箱入り陶器類を見ると2000円から3000円の値が付いていました。
「なるほど1割で買い取るんだ」と思った次第です。
 9割の利益は取りすぎではと思いましたが、そうした小物はたくさん持ち込まれ「倉庫は一杯」と聞けば、値上げ交渉なんぞできません。

 感心したのは金券ショップの買取です。引き出しに眠っていた商品券やビール券、図書券などを持っていきました。
 すると1000円券を950円で引き取ります。店頭に陳列された1000円券は980円で売っています。500円の図書券だと450円で引き取って470円の販売。つまり、業者の利益は1枚につき20円から30円。誠実な買取だなあと感心すると同時に、「一割買取はあこぎだよなあ」と思ったことです。

 ここ10年内に買った10万前後の食器棚やテーブル、本棚などは結構きれいに使いました。
 しかし、問い合わせたら「ブランド家具でなければ、買取は無理です」と言われる始末。ホームページの宣伝文には「都内ならどこでも見積もりに伺います」と書いていながら、行くなんてごめんですの雰囲気でした。つまりは粗大ゴミ(-_-)。

 結局、冷蔵庫を始めとして多くの不要物はこちらから金払って業者に引き取ってもらいました。ゴミとなるか、売れる物は転売するのでしょう。この費用が3部屋分で8万円。当初見積もりは12万だったので、別業者にしようと「じゃあいいです」と言ったら、一気にまけてくれました(^.^)。4万分は「売れるものがある」と見なしたからではないかと思います。

 そして最後に大量の書物の処分です。神田のある古本屋さんに来てもらいました。
 大学国文科時代から買い集めた書物は全部で一千冊ほど。個人全集などもあり、そこそこの値段がついてほしいと思いつつ、衣類や陶器の買取価格から考えて「せめて一万は超えて欲しい」と思いました。

 実は自宅内にある約一千冊の書物。最初から最後まできっちり読んだのは3割三百冊くらい。途中まで読んで挫折したのが3割三百冊ほど。残り四百冊は「買っただけでいまだ読んでいない書物」です(^_^;)。
 また、全集をいくつか持っており、『志賀直哉全集』は卒業論文で取り上げただけに全巻読みました。しかし『有島武郎全集』は大枚十数万をはたいて買ったのに、全く開かないままでした。有島武郎は志賀直哉と対照的な白樺作家です。いつか読んで、できたら研究したいと思って買ったものです。その他働き初めてから買った全集や近代文学大系なども読まずに保管していました。
 結果から言うと、これら一千冊の本は四万六千円になりました。

 意外だったのは個人全集ものに値が付かなかったことです。
 古本業者は鋭い目つきで「売り物になりそうな本」を取り出し「これで二万、残りは全体で四千円」といった感じで値を付けました。そしてほとんどの全集ものは「残り全体」の中に入っていました。志賀直哉や有島武郎全集がその他の一冊でしかないことには悲しいものがありました。

 古本業者は「パソコン・インターネット・携帯・スマホ全盛の世の中で人は本を読まなくなり、古本の値が大幅に下落した」と言います。さらに「昨年の東北大震災で重い本がどっと市場に出てきたことも値を下げた原因」とも。
 彼は一人の助手と大量の本を手際よく縛りながら「10年前だったら、全体で数倍の値はつけたと思いますが……」と気の毒そうに言いました。

 買取価格を聞いたときは、全集などを手元に残そうかと思いました。
 しかし、眼の関係でもう小さな文字は読めなくなったし、田舎に持ち運んでも「結局読まないだろう」と思って全て持っていってもらうことにしました。

 こうして二部屋にぎっしり詰め込まれていた本はきれいさっぱりなくなりました。からっぽになった本棚はなんとも言えない切なさを感じました。
 しかし、ああまで完膚無きまでになくなると、かえってすかっとしたと言うか、「いつか読まなければ」との呪縛から解き放たれた気がして清々した気分になったものです(^_^;)。
 十年前、二十年前に「自分の目が悪くなって本が読めなくなる」とは思いもしませんでした。「そのうち読もう」とか「そのうち何々しよう」というのはありえないのだ、と思い知らされた気がしました。

 かつて私が思ったことは「本は取りあえず買っておいてそのうちヒマになったら読もう」でした。
 教員時代、そのヒマがやって来ることはありませんでした。いや、厳密に言うと時間に余裕があるときはありました。しかし「のんびり本を読む」気持ちになれなかったのです。
 そして十一年前に退職するとヒマはかなり増えました。しかし、三冊の小説・エッセーを書いて出版すると、最後に『空海マオの青春』の執筆活動に入りました。
 今度こそ「これが終わったら、のんびり本を読もう」と思って八年。皮肉なことに作品が完成する頃本を読めなくなりました。
 おそらく老眼が入ったのでしょう。本や新聞などわずか二十分か三十分も読むと、目がしょぼしょぼしてピントが合いづらくなり、読み続けることができないのです。つくづく思いました。「そのうち何々しよう」はないんだなと。

 帰省後親しくしているいとこに東京みやげの「スカイツリーカステラ」を持っていきました(^.^)。
 そのときいとこの奥さんが語った言葉が印象的です。
 いとこは六十代半ばですが、八年前脳梗塞を発症して左半身が不自由になり、最近なんとか杖をついてのよちよち歩きができるようになりました。しかし、左手は不自由なままです。
 いとこの奥さんは「退職したら、二人で旅行とかいろいろ行こうと思っていた。でも、それができなくなった」と嘆いていました。ここでも「そのうち何々しよう」がなくなったんだなと思ったことです。


 ○ そのうちに何々しようと思う日々 はたと気づくと もはやできない


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 最後まで読んでいただきありがとうございました。

後記:5月に発行したかったのですが、自宅の整理や片付け、引っ越し作業に帰省後の片付けなどで忙しくできませんでした。ようやくちょっと落ち着いたところです(^_^)。(御影祐)



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