「仰げば尊し――本来の意味」


○ 仰げばと歌って別れた卒業式 その歌が持つ意外な由来



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ゆうさんごちゃまぜHP「狂歌教育人生論」        2013年 4月10日(水)第 153号


 4月、新入学・進級、入社のシーズンとなりました(^_^)。
 同時に花見の季節なのに、北国以外ではほとんど葉桜となったようです。

 まずはお知らせです。今年になってずっと「来月号は体罰問題について書く」と予告しながら、伸ばし伸ばしになっています。その後柔道→(我が地元)大分県の部活動外部指導者による体罰発覚→文科省・地方教育委員会による実態調査……などと話が進んでいます。
 どうも切れ目がないので、この問題は宿題として当面無期限延期したいと思います(^_^;)。
 よって書き上がったときに公表しますので、ご了承お願いいたします。

 さて、今号は入学とは正反対、ひと月遅れの話題ながら卒業式の式歌について書きます。
 卒業式で歌われる定番と言えば、やはり『仰げば尊し』でしょうか。先月その歌の意外な意味を知り、ぜひみなさんに報告したいと思いました。

 まずは(お忘れの方のために)その歌詞を掲載しておきます(^_^)。

  仰げば尊し    文部省唱歌

 1.仰げば 尊し 我が師の恩
   教えの 庭にも はや幾年
   思えば いと疾し この年月
   今こそ 別れめ いざさらば

 2.互いに睦みし 日ごろの恩
   別るる後にも やよ 忘るな
   身を立て 名をあげ やよ 励めよ
   今こそ 別れめ いざさらば

 3.朝夕馴れにし 学びの窓
   蛍の灯火 積む白雪
   忘るる 間ぞなき ゆく年月
   今こそ 別れめ いざさらば
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 (^_^)本日の狂短歌(^_^)

 ○ 仰げばと歌って別れた卒業式 その歌が持つ意外な由来

 (^O^) ゆとりある人のための10分エッセー (^O^)

 【 仰げば尊し――本来の意味 】

 全国の過疎地で小学校、中学校の閉校が相次いでいます。
 我がふるさと九重(ここのえ)町も過疎の波にもまれ、町内4中学のうち3校が閉校、《ここのえ緑陽中学校》として統合されました。

 先月私が卒業した南山田中学校も66年の歴史に幕を下ろし、母校の名が消えてしまいました。さみしいことながら、1学年の生徒数が20名を切るようでは致し方ないなと思います。
 閉校が決まると、2年前から各年度の卒業生代表が実行委員会を組織して記念誌の編纂、閉校関連の行事を行い、3月の記念式典には600人ほどが集まって母校との別れを惜しみました。

 私が卒業した学年では地元委員から「本体とは別に何か閉校記念イベントをやろうではないか」と声が上がり、計画を立てました。恩師を呼んでの記念授業、各人の思い出スピーチ、そして、「夜は懇親会で一杯(^_^)」などと段取りが決まりました。

 懇親会でも「何か余興を」となり、私にご指名があったので、寸劇をやることにしました。
 中学校時代のあることないことを材料に、『南中(なんちゅう)太郎と花子の初恋』と題して脚本を書きました。当時の歌謡曲などもみなで歌ったりする30分ほどの寸劇でした。
 もちろん主人公の太郎と花子は同級生が演じ、私はナレーションを担当。最初は「学生服とセーラー服を着よう」と威勢が良かったのですが、さすがに間に合わず(恥ずかしさもあって?)、一度練習する程度で本番を迎えました。

 当日は20人ほどの参加ながら、懇親会での寸劇が意外に好評でした。
 酒が入っていたし、アドリブ、下ネタ満載で笑いが絶えませんでした。
 懐かしのフォークダンス、オクラホマミクサーもみんなで踊りました(^.^)。みな踊り方を忘れていたけれど、そのうち思い出して楽しいひとときを過ごしたものです。

 この寸劇の中に「卒業式」の場面もこしらえました。恩師から太郎と花子に(エアで)卒業証書を授与してもらい、みんなで校歌と式歌を歌ったのです。
 式歌は当然卒業式の定番『仰げば尊し』です。

 40代以上の方々なら「仰げば尊し」は小中高のどこかで必ず一度は歌ったことがあるでしょう。しかし、最近はあまり歌われることがなくなったそうです。

 私が高校教師だった最初の十数年、卒業式とくれば決まって『仰げば尊し』でした。
 実は我々教員自身がこの歌を歌うことにうんざりしていました(^_^;)。特に2番の「身を立て 名をあげ やよ励めよ」は古き立身出世主義の象徴のような歌詞であるし、「ほんとに先生を仰げば尊しと尊敬しているの(^_^;)?」と疑われるようなドライな生徒が多数を占めるようになった時代背景もあるかと思います。

 教師はあまり歌いたくないのに、なぜ『仰げば尊し』になるかと言えば、生徒の希望が多かったからです。「卒業式で何を歌いたいか」とアンケートをとると、1位は毎年のように『仰げば尊し』なのです。希望が多いのだから、歌わざるを得ません。
 中には面白い意見もあって「小学校、中学校では別の歌を歌った。だから、高校では仰げば尊しを歌いたい」との言葉。あるいは、小中高全ての先生方や友との別れを思って「歌いたい」のかもしれません。
 そのような思い入れがあるからかどうか、いざ歌ってみれば結構感動的で、涙する女生徒も多数見かけました。その際2番は省略して1番と3番を歌うことが多かったと記憶しています。

 で、今回『仰げば尊し』を寸劇に取り入れるにあたって、正確を期すため歌詞をインターネットで検索しました。
 そのときふと「この歌ってどういう由来なんだろう」と思い、ネット百科事典『ウィキペディア』を開いてみました。すると思いがけないことがわかったのです。

 この歌は明治時代に文部省唱歌としてつくられたものです。洋楽と思われていながら、原詩・原曲は長らく不明のままだったとか。
 ところが、2年前この歌の原曲が判明したとあります。1871年にアメリカで作られた曲で、原題は「Song for the Close of School」――つまり、「学校を閉じるにあたっての歌」だというのです。

 なんと母校閉校にあたって最適の歌であることがわかりました。発見の2年後に我が母校が閉校となる。そして、私が寸劇を書くことになったので、このことがわかった……何かしら妙な因縁だと不思議に感じたことです。知らなかった方も多いのではないでしょうか。

 参考までにウィキペディアの原詩を紹介します。
 これは日本語の直訳で、ウィキペディアには英語の歌詞も掲載されています。

 ★「Song for the Close of School」(学校閉校にあたっての歌)

1.私たちは今日別れ、まためぐり逢う、きっと、神が私たちをその御下へ招く時に。
 そしてこの部屋から私たちは歩み出て、自らの足で一人さまよう。
 幼年期から今日までを共にした友は、生き続けるだろう、過去の中で。
 しかし、光と愛の御国で、最後には皆と再会できるだろう。

2.さよなら古き部屋よ、汝の壁の内で、楽しく集うことはもう無い。
 朝に声を揃えて歌うことも、午後の賛美歌も、もう繰り返すことはない。
 だが、幾年も後の未来に、私たちは愛と真実の場を夢見る。
 私たちの最も大切な思い出は、汝、幼き日々の教室となるのだろう。

3.さよなら私たちがかく愛した汝よ、さよなら親愛なる級友たちよ。
 私たちの魂を、幸せなひとつの繋がりとしてきた絆は解かれた。
 私たちの手は固く握られ、心は満ち、そして目には涙をたたえ。
 ああ、これぞ惜別の時、級友たちの言葉は――「さようなら」。

 というわけで、この原詩に基づいて「仰げば尊し」を、以下のように改作してみました(^_^)。

  消え去る母校を惜しむ歌   意訳詞 御影祐

 1.別れの日は来ぬ 我が学び舎(や)
   ここから旅立ち ひとり歩む
   懐かし 師と友 楽しきとき
   いつしか会えるよ 光の国

 2.あの山 この川 あの歌声
   集いし教室 今もう無く
   さらばと 別れて 名は消えても
   心に残るよ 愛とまこと

 3.さよなら先生 さよなら友
   我らに絆を ありがとう
   手を取り 目を上げ 心満ちて
   今こそ別れよ さようなら

 この詞を読んで「ぼそぼそ、ぼそぼそとリズムが良くないなあ」と思われたのではないでしょうか。私もいろいろ言葉を練りながら「妙だなあ」と感じました(^.^)。まるで子どものつぶやきのようです。なぜだろうと考えて理由がわかりました。

 もう一度巻頭の『仰げば尊し』を声に出して読んでみてください。同じようにたどたどしい言葉遣いだとわかるはずです。「仰げば尊し 我が師の恩 教えの庭にも はや幾年」は八文字六文字で流れます。
 なんとこの歌、「八六」調という珍しい調子で書かれていました。そのせいでリズムが悪いと感じるのです。短歌に俳句、演歌など日本語の伝統的な歌詞は七五・七七が基本です。「海は広いな 大きいな」・「ひとり酒場で 飲む酒は 別れ涙の 味がする」など七五調はなめらかです。そのため八六調ではたどたどしく聞こえてしまうのです。
 しかし、歌えば音符とぴったり重なります。おそらく原曲に合わせたので、八六調にせざるを得なかったのでしょう。
 私は国語の教員でした。これまで何度となく歌ってきたのに、『仰げば尊し』が八六調だと全く気づきませんでした。知っていれば生徒に七五調を説明するとき、「こんなのもあるよ」と八六調を紹介できたはずです。
 ちょっと不甲斐ない話ながら、これも今回の意外な発見でした(^_^)。/p>

 最後にもう一つ。完成後ふと思ったことがあります。「この歌、どこかで閉校式があれば歌ってもらえるかもしれない。それだけでなく、題名を『卒業の歌』とでもすれば、今後卒業式で歌えるかも。なかなかいいのができた(^_^;)」と自画自賛。

 しかし、その際1番3番は歌われても、「集いし教室 今もうなく」とか「名は消えても」の2番はまずカットされるでしょう。「仰げば尊し」もしばしば2番がカットされて歌われました。あるいは、この歌が持つ運命なのかもしれません。
 ちなみに、我が母校の閉校式に、この歌詞は間に合いませんでした(^.^)。


 ○ 仰げばと歌って別れた卒業式 その歌なんと閉校の歌


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 最後まで読んでいただきありがとうございました。

後記:体罰問題に関連して先週アメリカ某大学のバスケットコーチの体罰が報道されました。映像が公開された後解雇されたそうですが、当人は昨年一度体罰事件を起こし、戒告・罰金処分を受けていました。驚くのはその罰金。なんと700万円だと言うのです。
 もう一つ、アメリカでは数万人規模の選挙区において《1票の格差》が19人差で「1対1にならないのは憲法違反」との判決が出されていたというのも驚嘆です。しかも、判決を受け、当局は19人差を《1人差》にする区割りを直ちにやったそうです(^_^)。
 アメリカは世界トップの文明先進国にして、いまだ銃を捨てられない世界一野蛮な国だと思います。しかし、民主主義を徹底させるという意味では間違いなく世界一の最先進国でしょう。そこまでやってくれれば、国民は司法も議会も信頼するのではないでしょうか。どこぞの国の議員さんに「彼らの爪の垢を煎じて飲んでほしい」と思うのは、私だけでしょうか(^.^)。



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