○ なんとなく愛されてると思えない その感情が心に穴を
メルマガ配信「狂短歌人生論」2 2022年2月09日(水)第 182号
今回は第一章「心の穴」の2・3を。
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狂 短 歌 人 生 論
第一章 心の穴 狂短歌6本
現在の日本で大きな問題となっている家族や人間関係の崩壊、少年の凶悪犯罪や非行の低年齢化。その原因として心の穴があるとまとめたら言い過ぎだろうか。「必要とされない、愛されない」感情が心にぽっかり穴をあけているのではないか。まずはそのことを語ってみたい。
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2 なんとなく愛されてると思えない その感情が心に穴を
「あなたは身近の人から愛されていると思いますか」と聞かれたとき、みえや外聞ではなく、心から「私は愛されていると思う」と答えられるなら、あなたは幸せな人である。
だが、私たちはなんとなく愛されていないと感じることがある。自分は必要な人間だと思えないときがある。
愛され、必要とされていると感じるより、「みんな自分のことなんかどうでもいいと思っている。自分なんかいなくていいんだ」と思いがちである。
深夜東京新宿の繁華街を徘徊している少年少女達に話を聞くと、正直に心の中をうち明ける子どもはみなそう言う。学校や家庭に「居場所がない」と答える子どもや若者、いい大人も同じように感じているはずだ。
別の視点からこのことを考えてみると、こちらは「愛している」と思って発言したり行動しているのに、相手は「愛されている」と思ってくれないこともある。
これは片想いの典型例だが、親子の間でも同じようなことが起こる。親は我が子を限りなく愛していると思って接している。ところが、息子や娘は自分の親から愛されていると思えないのである。なぜそのような事態になるのだろうか。
たとえば、親が問題行動を起こす我が子に対して口すっぱく注意し、説教をする。それは親が子どもを愛し、心配しているからである。我が子が生活態度を改め、せめて普通の生活を送ってほしいからである。
ところが、子どもは親の意見をうるさいと思い、愛情から出ていると感じない。 いや、愛情から出ているとわかったとしても、当面はうんざりして聞く気にもなれない。
そのような子どもの態度や感じ方は従来思春期や反抗期の特徴であるとして片づけられていた。だが、私はそれだけで済ませられる問題ではないと思う。
果たして親の子どもとの接し方に問題はなかったのか。「自分の子に変わってほしければ、親のあなた自身が変わりなさい」と言う人もいる。
あるいは、親の方は我が子を愛し育てたつもりでも、子どもは愛されなかった思いを抱いたまま成長した可能性もある。そうして、愛されなかったと思いこんだ不快な感情が心に穴をあけ、問題行動に駆り立てるような気がするのだ。
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3 万引きの中高生と中高年 一字違いの心の病
テレビで本屋の万引きが報道されていた。少年たちが白昼堂々と漫画本などを盗む。それも一冊二冊ではなく、大量にバッグに入れて持ち出す者もいる。犯人はほぼ中高生のようだ。その中の一人はインタビューに答えて「スリルと実益だ」ともらす。
飛躍するけれど、万引きを悩まず反省しない子どもは、やはり親や大人から愛されなかったか、愛されないと思いこんだ子どもだと思う。
彼らはおそらく親とつながっていない。人とつながっていない。万引きのせいで本屋が倒産に追いつめられることを想像できない。まじめに働いている人を汚していることに思いをはせない。
だが、それは必要とされない、愛されないと思いこんだときの子どもの姿なのだ。
そして、本人は自分が愛されていないことが、万引きにふける理由だとは考えもしない。そのわけを聞けば「ほしいから万引きするだけだ」と答えるだろう。
数日後、今度は高齢者や中高年の万引き実態が放映されていた。
中高生の万引きが主として本や小物なら、こちらの万引きはスーパーの食料品や日用品である。七、八十代のおじいちゃんが肉や卵などを袋に入れ、レジを通さず店を出る。おそらく彼らは一人暮らしだろう。
また、四、五十代の男性の場合はリストラ・離婚されたおやじさんだろうか。万引きが発覚すると「生活苦のため」と言い訳をする。
半分は本当かもしれない。しかし、妻子がいて普通に働くおやじさんでさえ日用品を盗む。捕まえられても全く反省の色がなく、嘘を塗り固める中高年たち。それは万引きでつかまり、居直った中高生と全く同じ態度だ。
私はふと中高生も中高年も同じ心の病気を抱えているのではと思った。
それこそ愛されていないときにはまる落とし穴――ひとりぼっちのさみしさという穴だ。
だが、そこに落ちた当人にはそれがわからない。薄々感じても認めたくはない。それを認めれば、もっとみじめな思いに突き落とされるからだ。
私たちは彼らをその穴からすくいあげねばならない。それができるのは彼らの身近にいる親や子であり友人だろう。
そして、私たちが目指すことは、身近の人がその穴に落ち込まないよう注意することだろうか。
愛されていないと感じる落とし穴は子どもに限らない。大人だって何かの拍子にふっとはまってしまう穴だからだ。
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