『続狂短歌人生論』26「迷路の整理(^_^;)」


○ 四タイプ 変えることの難しさ 演技ではない 自分自身だ


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ゆうさんごちゃまぜHP「続狂短歌人生論」   2023年10月25日(水)第26号


 『続狂短歌人生論』26 迷路の整理(^_^;)

 前号後記の宿題――筆者はなぜ文中に俵万智さんの短歌を引用したのか。
 答えです。

 この質問、もしも冒頭の(狂短歌が)「文学的香りに乏しい」との言葉に気づかなければ――一読法で言うなら、そこに傍線を引いていないとチョー難しい質問です。が、後記ではそれを出しているので答えは簡単です(^_^)。こういう質問が苦手な人は「二項対立」に弱いと自覚してください。

 俵万智さんの短歌は「さすがの文学的芳香」とあります。かたや筆者の狂短歌は文学的香りに乏しい、こなた文学的芳香かぐわしき歌。ここにおける二項対立は《香りに乏しい》と《豊かな香り》。

 よって、答えはこうなります。
 今回冒頭の狂短歌はあまりにも文学的香りに乏しい。だから、文学的芳香をかもし出すため、俵万智さんの秀歌を引用した。
 言うならば女性がスッピンに化粧したり、きらびやかな宝石を身にまとうようなもの。私の下手な文章に有名短歌の美しい宝石を飾ったというわけです(^_^;)。
 えっ、女性が「下手」と言っているわけではありませんよ。比喩です比喩。

 ちなみに、そもそも論文とかエッセーに、人の作品の一節、偉人の言葉を引用するのは「自分の文章に箔をつけたり補強したりするため」です。
 この一般的手法を知っていれば、難しい質問ではありません。今後文章を書く際参考にしてください。

 [学生諸君へ(もしも本稿を読んでいるなら)]

 ということは論文作成に上達したければ、《語彙をたくわえ、特に二項対立の漢字をしっかり習得し、いろいろ本を読み、感銘を受けた人の言葉、作品の一節などをメモしていつでも使えるよう頭に保存しておく》ことです。
 論文テストにおいて「誰それはこんなことを言っているが……」などと書けば、点数が10点アップすること間違いありません。

 さて、本号の見出しは「迷路の整理」とあります。「なにそれ?」って感じでしょう。
 前号終了後思い立って急きょ執筆しました。

 もしかしたら、本稿がいろいろ脇道にそれている感じだから、何がテーマか、問題は何か。そして、どこに向かっているか、わかりづらくなっているかもしれません。
 ここで『続編』の内容を整理しておくのも無駄ではあるまい、と思って語ることにしました。



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 (^_^)本日の狂短歌(^_^)

 ○ 四タイプ 変えることの難しさ 演技ではない 自分自身だ

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 (^_^) ゆとりある人のための20分エッセー (^_^)

 【『続狂短歌人生論』26 迷路の整理(^_^;) 】

 ご存じのように本稿『続狂短歌人生論』も前著に続いて脅迫・批判・傍観・受容の四タイプについてあれこれ語っています。(くどいほどに?)同じようなことが語られているけれど、ビミョーに前著と変わってもいる。変化に気づかれたでしょうか。
 では「どこが? どのように?」と聞いたら、「わかるわけないよ」との言葉が返ってきそうです(^.^)。

 これは読者の読解力不足というより、筆者である私の執筆姿勢に問題があります。
 実は私自身ラビリンスに迷い込んでいる――と言うか、しばしば脇道に逸れていることが原因かもしれません。ある節において「それはさておき」とか「閑話休題」がよく使われるのも正に脇道に入っていることを示しています。

 本稿『続編』はこれまで前置きの1号を含めて全25号発行しました。
 大筋で言えば、教育・人生・子育て論です。中でも人の生き方、考え方、感じ方について「脅迫・批判・傍観・受容」という四タイプの特徴があること。それを前著に続いて深めるべく書き進めてきました。

 ところが、本稿はそのときどきの衝撃ニュース、世間を騒がせている話題について一節もうけて語っています。それは本旨と無縁ではないけれど、一見関係なさそうに見えたかもしれません。
 たとえば、5・6(独裁者の破綻)、7(LGBT増加)、15(長野県4人殺害事件)、16(かけがえのない個人)などです。この点読者を迷宮に追い込んだかもしれないと反省するところです。

 そこで、これらの号を除いて今までの見出しを列挙し、その内容を一行でまとめてみます。
 すると以下のようになります。
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1 前置き
2 四タイプの老後
 ・脅迫・批判・傍観・受容の生き方を続けていると最後は地獄を見るぞ!
3 四タイプの不快といら立ち
 ・四タイプは人の生き方、考え方に対して不快やいら立ちを感じている。
4 四タイプ心の基地と武器
 ・だが、心はみんな弱いニンゲンで、四タイプとは心の基地と武器なんだ!

8 三角関係の愛
 ・私たちは10分の10相手に愛されたい。愛されないと不満を感じる。
9 愛の獲得競争(その1)
 ・子どもは親の愛を獲得するため、親が気に入る人間になろうとする。
10愛の獲得競争(その2)
 ・子どもは親の注目を得るため、親が嫌う人間になろうとする。
11愛の獲得競争(〜14)
 ・子どもが生まれると夫婦、祖父祖母、兄弟姉妹…家族は三角関係になる。

17 子捨て親捨てのドラマ(〜18)
 ・親に捨てられる不安、恐怖から子どもは激しく泣いて心に穴を開ける。
19 子捨て親捨てのドラマ(〜21)
 ・親に捨てられた記憶は克服されないと、親捨てにつながる。
22 見捨てて当然の親
 ・四タイプの特徴を露にする親は捨てて当然、捨てるしかない。

23 隠された原感情(〜24)
 ・人は恐怖不安不快から脅迫・批判・傍観・受容の生き方を選択する。
25 快感安心好意好感
 ・人は快感安心を得るため脅迫・批判・傍観・受容の生き方を選択する。
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 もう一行追加したいのは9号のところ。これを子どもの側から言えば、
9・親が気に入る人間になれば「いい子だ、かわいい」と愛してもらえる。

 また、10号について「えっ、どーいうこと?」と思われた方は再読してください。
 念のため補足します。
 親に構ってもらえないと、子どもは小さな《悪》に走る。結果親は子どもを叱ったり、激しく注意する。それはイコール《構ってもらえる》ことであり、イコール《見捨てられていない》ことにつながる――そのことを語りました。
 これを読めば二項対立がたくさん使われていることに気づかれたと思います。

 とまれ、こうしてまとめてみると、ちょっとわかりやすくなった(と感じる)のではないでしょうか(^_^)。

 そして、前著の結論である「四タイプの生き方は周囲の人間を不幸にする。だから、その生き方を変えなさい、改めなさい」との主張が実は簡単ではないことにも気づかれたはず。
 そこで、今号の狂短歌が生まれます。

〇 四タイプ 変えることの難しさ 演技ではない 自分自身だ

 冒頭に書いた「ビミョーに前著の中身と変わりつつある」こととはこれ。
 《脅迫・批判・傍観・受容の生き方を変えることは困難だ》ということです。
 身近の人に「その生き方を変えてほしい」と言うことはもっと難しい。

 なぜなら、その生き方は子ども時代に親とどのように付き合ったか――親からどのように育てられ、親のタイプに合わせていかに自分のタイプを構築したか。そのことと大きな関係がある。その結果として「今の自分がある」からです。

 なぜ自分は弱弱しく臆病なのか。いろいろなことで相手に合わせて自分を主張できないのか。
 あるいは、周囲はダメな人間ばかりで不満や不快を吐き出さずにおれないのか。
 話し合いでは解決しないから力でやるしかないと考えるのか。

 脅迫・批判・傍観・受容という生き方は演技なんかではない、自分自身であり、変えることなぞ考えられない。変えたいと思ってもできない。
 極論を言えば、「変えたら自分自身がなくなってしまう」と感じている。これは恐怖です。

 これまでそうやって生きてきた。四タイプとは自分の最大の特徴である。それを失ったら、どう人と付き合えばいいのかわからない。これも恐怖でしょう。
 ちょっと文学的比喩を使うなら、兵士が戦場に武器を持たずに向かうようなものです。

 四タイプの性格、考え方、生き方とは過去10年、20年……40年、50年……身にこびりついた癖のようなもの。改めることは容易でない
 本稿ではそのわけを子ども時代にさかのぼり、原感情を探ることによって語ってきたわけです。

 またまた長くなりました。以上が『続編』現在の到達地点です。

 ここまでを前半とするなら、これから後半は「ではどうするのか」に突入します。
 自分を変えるにはどうすればいいか。身近の人を変えるにはどうしたらいいのか。

 私たちは無人島や山奥で一人暮らしているわけではない。ニンゲン集団、人の間で生きるしかない。
 ところが、すでに都市の中で無人島のような一人暮らしを選ぶ子ども、若者が増えています。引きこもりとは家族、外の集団との戦いに敗れた姿ではないか。
 いや、敗れたと言っては失礼。戦うことをやめたと言った方がいい。心の基地をつくれず(つくらず)、武器を持つことを放棄した子どもや若者が部屋に閉じこもる――私はそう思います。

 戦っている人たちだって、ある人はこの集団は窮屈で仕方ない、のびのび生きられないと感じている。一方、傍若無人に「オレの(私の)言うことを聞け」と迫る人も多い。その中で私たちはどう生きるのか。

 ここまで語った以上、四タイプを乗り越える生き方・考え方を提起しないわけにはいきません。

 しかし、すでに答えの一つは出ています。
 それは有名なことわざ――「敵を知り己を知れば百戦危うからず」の戦法です。

 自分の性格・考え・感情を知ること。それがどこから出てきたか、子ども時代親や大人との関係、兄弟姉妹との関係から生まれたことを認識する。すなわち自分を知ること。

 そして、親や大人、周囲の人に四タイプの特徴があると気づくこと
 彼(彼女)の生い立ちを聞けば、相手もまた子ども時代の体験から今の姿があるとわかります。
 自分の生い立ちを探る。親の生い立ちを聞く。「ああ、だから親はこんな人間になったのか。自分はこの親に合わせたのか」と気づく。

 第1号「前置き」に掲載した狂短歌は以下、

〇 感情の根源探る旅に出れば 行きつく先は親子のドラマ

 本稿『続編』において前著以上に感情の根源を探ったこと、親との過去を振り返るべくさまざまに語ったこと。それをおわかりいただければと思います。
 前置きには「これから進む道」も書かれています。再読すれば、今後の流れが予想できると思います。

 以上、迷路の整理を試みました。


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 最後まで読んでいただきありがとうございました。

後記:二項対立、論文作成に関してもう一言。
 近年大学現代文の入試問題は長文化の傾向著しいものがあります。だが、中高の生徒は学校でその読み方を教わっていません。長文入試問題に二度読む時間などない。だから、塾や予備校が教えている対策は(結果的に)一読法です。
 小中高の国語で一読法を教えれば、生徒は長文を読みこなせる力がつく。文部官僚・有識者諸氏は「どうしてそう思わんかねえ」と嘆くしかない私です(^_^;)。
 もっとも、彼らの大多数は一読法そのものを知らないでしょう。やれやれ。

 もう一つ。将棋の藤井聡太七冠が王座戦を勝ち、前人未到の八冠を達成しました。
 おめでとうございます(^_^)。
 それにしても薄氷の八冠目だったようです。長瀬王座と1勝1敗になった3戦目、AI分析では90対10で長瀬王座の勝利と予想した。ところが、そこで王座に痛恨のミスが出て大逆転だったとか。

 私はアジア大会のローラースケート男子3000メートル決勝を思い出しました。
 韓国の選手が競り勝ったと思い、ゴール前体を起こして万歳をした。ところが、直後の台湾の選手が足を突き出して先着したというのです。その差0.01秒(^.^)。競馬ならハナ差。かたや油断、かたや執念?
 99対1でも最後まであきらめちゃダメってことですね。

 追記
 藤井八冠誕生の4戦目はあっさり勝ったのだろうと思っていました。
 ところが、最終盤のAI分析は「99対1」で長瀬王座の勝勢だったそうで、またも詰めを誤って大逆転。彼が頭かきむしったり額を叩いていたのはそのときとか。おやまあ。
 私の競馬だけでなく、いずこもきりきり歯ぎしりの「ほぞ噛み」なんですね(^_^;)。


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