○ 気づくこと あの親だけど愛された あの人だけは愛してくれた
ゆうさんごちゃまぜHP「続狂短歌人生論」 2024年03月06日(水)第46号
『続狂短歌人生論』46「『杜子春』読みましたか?」
本号の「狂短歌」を見て「あれっ」とつぶやいたかも。
前号の途中に掲載した歌です。
埋もれてしまうのはもったいないし、立ち止まりクイズのヒントになるだろうと浮上させました(^.^)。
今号は執筆後書き直すか、このまま公開するか悩みました。
メルマガ読者激減の事態を引き起こすかもしれないと思って。
結局、最初に書いたまま改稿しませんでした。
文中、読者を不快にさせる表現があります。寛容の心にて読んでください。
(^_^)本日の狂短歌(^_^)
○ 気づくこと あの親だけど愛された あの人だけは愛してくれた
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****************** 「続狂短歌人生論」 ***********************
前号にてお勧めした『杜子春』、読みましたか。「読んだことのない人は読んでほしい。読んだ人は再読してほしい小説の一つ」と書きました。
つまり、まだ読んだことのない人はもちろん、読んだことのある人、あらすじを知っている人も、もう一度――みんな「読んでほしい」ってことです(^_^;)。
リンク先は明記してあるし、一日も二日もかかるほどの分量ではない。いかに多忙な方でも1週間内に読める……はず。
だが、「そのうち読むか」と思って気づいたら、次号である本号を迎えた人。
そのような方は人生に「『そのうち』はない?」と書いた過去の狂短歌エッセー144号をご一読ください。
狂短歌は以下、
〇 そのうちに何々しよう そのうちに 思うばかりで時は過ぎゆく
さらに、前号では次のように書いています。箇条書きにして4点。
・私は10年ほど前再読して涙を流した。
・両親が健在だった子どもの頃読むのと、亡くなった後また読むのは感じ方が違うようだ。
・一読法を学んだ読者なら…中略…「こんなに目に見えるように描かれていたのか」と驚くはず。
・その読み方で最後まで読んでほしい。きっと違う読み、違う感じ方ができると思う。
このときつぶやいてほしい言葉は、
「へーっ。そうなんだ。涙が出るほど感動したのか」とか、「自分にはまだ両親が健在だが…(または)自分も両親がいないが…どう感じるだろうか」とか、「目に見えるように描かれているってホントかな」とか、「違う読み、違う感じ方ができるってどういうんだろう?」などと思って読み始めた……か。
あるいは、とにかく忙しくて「そんなヒマはない」と読まなかった人。
「さーっと読むんだったらいいが、一読法であれこれ考えながら読んだら、とても一、二時間じゃ済まないだろうな」と思ってリンク先に飛ばなかった人。取りあえず作品を読み始めたけれど、何となく読みづらくて途中でやめた人。
以上、何にせよ読まなかった方々へ。以下きついことを書きます。
何もせずただ読まなかったあなたは、あなたの最も愛する人がいつもと違う様子を見せたとき、気づかない人です。
ちょっと行動を起こしたけど、結局読まなかったあなたも、身近の人に対して「何かへんだ」と感じたとしても、そのまま見過ごす人でしょう。
あなたは相手が悩みを打ち明けたとき、いや、ただ「ちょっと話があるんだけど…」と言われて「今忙しいんだ」と答えたり、「後にしてくれ」と言う人です。その後「話ってなんだ?」と聞いて「別に…大したことじゃない」と言われ、「そうか」と応じて終わりにする人です。
あるいは、子や孫が「失恋しちゃった」と告白したとき、「一度や二度の失恋なんか大したことじゃない。オレなんか十度は失恋した」と笑いながら言って相手の言葉を真剣に聞こうとしない人です。
その後子や孫が自殺したと知って……「まさか!」とつぶやく人です。
自殺はしなかったけれど、恋の相手を傷つけたと知って……「もっとしっかり聞けばよかった」と悔やむ人です。
本稿はこれまでも「これを読んでほしい、あれを読んでほしい」と書いてきました。
過去のエッセーにリンクを張って「ヒマなら読んでください」としばしば書きました。
しかし、一度も読んでいないかもしれない。
この流れの中に『杜子春』のこともあるので、同じように「読まない」ことを選択したかもしれません。
だが、上記4点のように、前号では今までとちょっと違う(私から言えば「かなり違う」)ことを付け加えて「読んでほしい」と書いています。
ほんとは「読んでほしい!」と「!」をつけたかったほど。すなわち、この「読んでほしい」はいつもと違うのです。
なのに、読まなかった人は身近の人の小さな変化を気づかない人であり、悩みを聞くことのできない人であろう。
一読法とは文章の小さな違いに気づこうという訓練です。それが身についていないんだから、愛する人の変わり果てた姿を見てやっと「そうだったのか」と後悔する人だと言わざるを得ません。
では「いつもと違う表現だな」と思い、「読んだことはあるけど、そこまで言うんだったら、もう一度読んでみよう」と思って再読した人。こちらは身近な人の小さな変化に気づくと思います。素晴らしい!
しかし、『杜子春』を一読法で読んだかどうか――つまり、相手の悩みをじっくり聞いたか、その様子をしっかり見つめたか――に関しては疑問符がつきます。
私は前号「一読法の立ち止まり」として以下のように「作者なぜ?」の疑問を提起しています。
[なぜ『杜子春』を例に出したのか。金が乏しければ「お金が欲しい」例として取り上げたことは明らかだが、ずいぶんくどく「読んでほしい」と強調している。何か理由があるのだろうか?]
さらに後記において「この答えは本文にはありません。『杜子春』を読めば、答えに気づくかもしれないし、気づかないかもしれません。答えは次号にて」とあります。
この「作者なぜ?」の疑問は『杜子春』を読まなければ、答えがわかりません。
では、『杜子春』を読んだ人へ。
なぜこの作品を例として取りあげたのか。くどいほどに「読んでほしい」と訴えたのか。その理由わかりましたか。
「そりゃ難しい。ちっともわからなかった」とつぶやいているかもしれません(^.^)。
なぜわからないのか。読みの力が弱いからか。
いやいや、一読法がまだ身についていないからです。
読んだ人に以下3つの質問を出します。
これに答えられるようなら、あなたは一読法でしっかり読んでいます。
だが、答えられないなら一読法で読んでいません。
青空文庫の『杜子春』サイトは→こちら
(1) 杜子春は仙人から二度宝のありかを教えてもらって大金持ちになり、二度とも使い果たして一文無しになる。三度目に「もうお金はいりません。仙人になりたい」と申し出ます。
しかし、杜子春が金持ちから一文無しになったのは二度ではなく三度です。それに気づきましたか。それはどこからわかりますか。
気づかなかった人は一読法で読んでいません。
(2) 仙人は杜子春に三回「ここを掘れば黄金が埋まっている」と教えます。それはみな違う所です。それに気づきましたか。
二度目は気づかなくとも、一読法で読んでいれば三回目に「あれっ、違うかな?」と思って前の部分に戻る(これが一読法です)。そして、「近いけど三回とも違う場所だ」と確認する。
そのとき「なぜ違うのだろう」とつぶやいたか。
この違いに気づかなかった人は一読法で読んでいません。小さな変化を見落とす人です。
ちなみに、「違うことは気づいた。そのわけも考えたけれど、答えはわからなかった」と嘆く人。素晴らしい!
何でもかんでも答えがわかるわけではありません。大切なのは気づくこと、途中で「考える」ことです。
(3) 杜子春は仙人になるため「決して喋るな」との誓いを守って地獄に堕ちます。閻魔大王の前で馬となった両親が鉄ムチで打たれても、彼は言葉を発しない。
しかし、母の「心配をおしでない。私たちはどうなっても、お前さえ仕合せになれるのなら、それより結構なことはないのだからね。大王が何と仰(おっしゃ)っても、言いたくないことは黙っておいで」と言うのを聞いて「
母の言葉の中に「私たち」とあるけれど、父親は何も喋っていません。なぜお母さんは「私たち」と言えたのか。一読法なら[?]マークをつけていい、疑問のつぶやきです。
「はて? お父さんは何も言っていないが…」とつぶやきましたか。
もう2点。授業を一読法でやるなら、私は次の二つの質問を出して児童生徒に考えてもらいます。
(4) せっかくの財産を三度も失うなんて杜子春は愚かでダメ人間か。
(5) なぜ仙人の鉄冠子は一度ならず、二度、三度杜子春を助けるのか。なのに、「もしお前が黙っていたら、おれは即座にお前の命を絶ってしまおうと思っていた」と言う。それはなぜか。
(4)は杜子春の人となりについてもっと深く考えるための質問であり、(5)は仙人の側に立ってこの物語を考え直すための質問です。(2)「仙人はなぜ杜子春を助けるのか」も仙人の思いを考えようという立ち止まりです。
なお、仙人の深い意図は原文に書かれていません。なので、(2)も(5)も「考えたけど難しい」とか、「この推理で正しいかどうかわからない」と答えて構わない質問です。大切なことはこの(湧いて当然の)問いを自ら出すこと、そして考えることです。
一読法なら、児童生徒は(4)に関して「どうして杜子春は三度も財産を失うのだろうか?」と「?」マークをつけたり、「愚かだ、ダメ人間だと思う」と短い感想を書き込むでしょう。
もしも(4)の問いに対して児童生徒がそろって「杜子春は愚かだ、ダメ人間だ」と答えるなら、
「果たしてそうだろうか。私は違うと思うよ。それはどこでわかるか。よーく読んでご覧」と言ってもっと深く考えさせます。
もしも本稿読者が『杜子春』を読んで、同じように「杜子春は愚かだ、ダメ人間だ」と即答するようなら、あなたは一読法で読んでいません。
それは浅い、甘い読み方であり、そのような見方しかできないあなたは現実生活でも浅い見方しかできない(人であろう)と言わざるをえません。
児童生徒はまだ子どもだから、深い読みができなくて当然(だから、授業をやる)。だが、人生経験豊富な大人なら、もっと深い読み、考え、感想を言えるべきです。
――と『杜子春』を読まなかったどころか、読んだ人にまで罵詈雑言のアメアラレ(^_^;)。
うーん。これで「メルマガ読者数激減かも」と思えど、書かずにおれなかった、執筆意欲満々の御影祐でございます。
以上ですが、読んだけれど5つの質問に対して「気づかなかった、考えてもみなかった」人に再チャンスを与えます。もう一度来週までに『杜子春』を読んでください。
または本稿前2号(44・45)を再読すれば、「なぜ筆者は『杜子春』を例として取り上げたのか」その理由がわかると思います。こちらはさすがに無理強いとなるので、以下関係ある部分を再掲します。
これを読んでから『杜子春』を再読(三度目?)すれば、かなり答えに近づくと思います。
前号「人はみな愛されないと感じる生き物」で語られたのは、
私たちは「愛されていると感じられない」生き物であり、ゆえに大切なことは「どうやったら愛されていると感じられるか」でした。
この克服法として提起したのが以下の狂短歌。
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〇 気づくこと あの親だけど愛された あの人だけは愛してくれた
これが心のコップに水をためる方法です。
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また、前々号「最終章の前にもう一章」の中で以下のように書かれています。
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この具体例(注…どうやったら愛されていると感じるか)は私自身の過去を語ることでした。ある時期まで「自分は親から愛されていない」と感じていた。それがあることをきっかけに兄、母、父が私を心配し、愛してくれているとわかった。それが下書きには書いてあります。
実は昨年初め『続編』をメルマガ公開したときから、このことはずっと考えていました。
そして、12月になって「続編は充分書いてきた。『ではどうするか』について自分の具体例を取り入れたらさらに長くなる。もう最終章を提示して「この件は短く済まそう」と決めました。
ところが、1月になっての執筆意欲減退、回復の中「短く済ませるな。だが、お前の体験を具体例として書くのは控えろ」とご宣託が下されたかのような事態発生。
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私自身の過去を語れば、「愛されていないと感じたけれど、あの人だけは愛してくれたとわかる」具体例となる。ところが、それは長いので『続編』に採用できない。
昨年12月には「もう具体例はないまま『続編』を終えよう」と決めた。自分以外のいい例が思いつけなかったからです。
が、1月に発見しました。短い具体例、それが『杜子春』です。
さすがにこれだけ書けば、本稿と『杜子春』との《共通点》に気づいたのではありませんか。
えっ、「まだわからない」?
もう一度『杜子春』を読んでください(^_^)。
または、本号を再読すれば「これかっ」と気づくかもしれません。
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―― 『杜子春』を再読される読者へ ――
『杜子春』の「三」末尾には仙人鉄冠子が朗吟する漢詩が出てきます。
原文には解説・口語訳などないので、簡単に訳(意訳)を書いておきます。
【 鉄冠子の漢詩 】
三たび
朗吟して、
朝北の海の上空を飛んでいるかと思えば、夕方には遥か南の青々とした森を見下ろしている。
袖の裏には青蛇を飼っているが、肝が据わって荒々しく怖いものなど何もない。
三度洛陽の都に入ったけれど、人は私が仙人だと気づかない。
今詩を高らかに吟じながら、洞庭湖さえ一気に飛び越える。
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最後まで読んでいただきありがとうございました。
後記:本文最後の方に「これを読んでから『杜子春』を再読(三度目?)してください」とあります。
この皮肉と言うか、「三度目」の言葉に着目しましたか。
三度読まなければ『杜子春』の内容を理解できない……読者。
みなさんは愚かでダメ人間でしょうか。
いえいえ、そんなことはない(でしょ?)。
ならば、財産を三度失う杜子春が「愚かでダメ人間」なわけ、ないではありませんか。
彼はフツーの人であり、正直で善良な人間です。みなさんと同じように。
最後に来てやっと読者を持ち上げることに成功しました(^_^)。
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