前号の補足です。「2020年度よりプログラミング授業が小学校に導入された」件についてちょっと勘違いがありました。私は一教科として「プログラミング」が導入されたと思っていましたが、小学校では「教科+コンピューター活用授業」といった方が良さそうです。導入の狙いは「論理的思考力」を養うことだとか。
ただ、すでにパソコンやタブレットは活用されているし、実験的に簡単なプログラミングを組んで動かす授業も行われているようです。
また、中学校の家庭・技術科ですでにプログラミング授業が始まっており、2021年度より必修化されるとのこと。こちらもプログラミングの技術習得だけでなく、課題解決のためにプログラミング的思考(つまり論理的思考)を学ぶとされています。いずれ一教科として独立するかもしれません。
よって、子どもたちと先生方に新たな負担を課すとの論旨に変更はありません。
英語に続いて論理的思考力まで身につけよ――なんて、お偉方はきっと「子どもたちの一日は30時間ある」と考えているのでしょう。
しかし、新たな疑問も湧きました。そもそも小学校児童に「論理的思考力」の育成など可能なのでしょうか。むしろ大人にこそ(もう一度?)学ばせるべきではないのか。
あるいは、若者や大人に論理的思考力が欠けているから、「小学校から訓練する必要がある」と考えたのでしょうか。
ちょっと失礼なことを書くと、「一体論理的思考力ちゃ何ね? どうやって身につけ、どう実践したら論理的思考力があると見なされるのか。さっぱりわからん」とつぶやいた方は《論理的思考力が身についていない》と思います(^_^;)。
さて、前号ラストでは小中の観点別評価を牛馬の重い荷物にたとえました。今号より「なぜ相対評価は絶対的観点別評価に変わったのか」、その理由を探ります。私はドローンのように空高く浮遊してここ数十年の世界史的大転換から考察したいと思います。そして、今の子どもたちがもっともっと重い荷物を背負わされたことを明らかにするつもりです。
[以下今号]
[ 10 ] なぜ相対評価は絶対的観点別評価に変わったのか
10 なぜ相対評価は絶対的観点別評価に変わったのか
[10] なぜ相対評価は絶対的観点別評価に変わったのか
本題の前に、まず余談からスタートせねばなりません。
前置きで「論理的思考力ちゃ何ね?」と問題提起しながら、その答えを書かないわけにはいかないでしょう。
で、その答えとは……本稿「一読法を学べ」が答えです。
この小論は論理的思考力に基づいて書かれています。論理的思考力を身につけるにはどうすればよいか、縷々(るる)解説してきました。
「おいおい」とあきれないでください。マジです。
一読法で教科書や書物を読み、一読法で人の話を聞く。起こっていることを分析し、解釈し、未来を予想する――これができるようになったとき、《あなたには論理的思考力が身についています》との卒業証書を授与いたします。
もっとわかりやすく言うと、論理的思考力とは「論文を書く力」のことです。推薦入試や就職試験における「800字程度の小論文を書きなさい」とは論理的思考力のあるなしを判定しているのです。
さらに簡単に言うと、論理的思考力とは「ああでもない、こうでもない」と考えることです。「あれもある、これもある。それもあるじゃないか」と思いつくことです。いろいろな見方・考え方ができることこそ論理的思考力なのです。
このように定義すれば、小学校児童が論理的思考力を身につけるなんて至難の業であり、あこぎ[阿漕]な要求だとわかるはずです。
まず日本語能力、中でも高い漢字力が必要です。当然知識も多岐に渡って豊富に持たなければなりません。もしも「跳び箱は跳べなくていい。逆上がりを練習するのはやめてパソコンを使いこなせるようにしろ」と言うなら、そういう政治家と官僚はやめてもらった方が世のため、人のためだと思います。
もちろん頭のいい人たちです。そんなこと言うはずもありません。
では、どう言うか。こう言います。
「跳び箱6段が跳べず、逆上がりができないのは努力が足りないからだ。もっと練習しなさい。漢字や英単語は2000語使えるように。社会の年号や項目は1000ヶ覚えなさい。数学は……理科は……。さらに英会話がすらすらできるように、パソコンを楽々使いこなせるようにしなさい」と。
私には不思議でなりません。お偉いさんだけでなく、世のお父さんお母さん方は、このような言葉をなぜ牛馬の荷物と思えないのでしょうか。
閑話休題。前号にて「小中の相対評価の良い点(メリット)」をかなり書きました。
それを読まれてみなさん方はどう感じましたか。
私は第34号において「相対評価ほど理不尽で愚劣な制度はない」と悪い点を多々書きました。つまり、デメリットを並べ立てたわけです。
そのとき「この人は悪い点ばかり書いているが、相対評価に良い点はないのだろうか」と考えましたか。ネットを使って「相対評価のメリット」と検索してみたでしょうか。
人の言ったことを「そうだ。そうだ。確かにそうだ」とうなずくばかり。これを「鵜呑み」と言います。34号で相対評価のデメリットしか書かなかったのは、読者に対する挑戦です。
――と言いたいところですが、ぶっちゃけあのときはデメリットしか思いつかず、それしか書かないつもりで……それしか書きませんでした(^_^;)。
その後「待てよ。相対評価のメリットってなんだろう?」と考え直し、成績評価の歴史や小中の絶対評価について解説された文章類を読み、現役の先生からも実態を聞きました。
そして、小中の絶対評価的観点別評価がかなり大変であることを知り、ひるがえって相対評価の楽ちんさと言うか、メリットが見えてきました。素人に毛の生えた程度でも、相対評価なら成績をつけることができるのです。
そこで前号において「相対評価は先生方にあまり負担をかけない、生徒も教員の能力や考え方の違いから守られるというメリットがある」とまとめたわけです。
以前から何度も書いています。ものごとの解釈、未来予想には最低3つを思い浮かべようと。肯定か否定か中間か。賛成か反対か、どちらもありか。楽観的未来か悲観的未来か、普通の未来か。これが論理的思考です。一つの解釈、一つの主張を述べるだけの文章や演説は論理性に欠けた表現なのです。
もしも「相対評価」についての解説がデメリットだけで終えたなら、私の主張は一方的で、論理性も広がりも持たないことになります。だから、私は「相対評価」のメリットを語りました。
読者各位はそれを読まれて「なるほど絶対評価とは難しいものだ。相対評価も結構メリットがあったんだ」と感じたのではないでしょうか。
ちなみに、政治家やカルト宗教教祖、原理主義者は一方的な解釈と結論を主張しがちです。彼らはとても頭がいい。あるいは、表現能力が高いから、聞いていると反論の余地のない、正しいことを喋っているように感じます。だから、いつでも「そうかな? 別の見方はないかな?」と注意して聞く必要があります。「飲み込みがいい」とは優等生を表す言葉ですが、噛まずに飲み込むことを○○○と言います。
余談ながら、ある種のテレビ通販、詐欺師も同じでしょう。手練手管を駆使して「すぐに買わなければいけない、対応しなければならない」ような気持ちに追い込んできます。特に健康器具の販売は舌を巻きます。現物を見ると、「これはいい。ぜひ買いたい」と感じさせます。
私はそう思ったとき一週間待つことにしています。それでも買いたいと思うなら「買おう」ってことです。で、一週間経つと、買いたい気持ちはほぼ消えています。
どうもお偉方は「プログラミング技術を学べば論理的思考力が身につく」と考えているようです。
私に言わせれば、その前に国語授業が変わる必要がある。事態を傍観し、終わってからようやく考え始める《通読後の精読》ではなく、その都度その都度解釈し、未来を予想し、修正する――すなわち、《常に精読する一読法》を学び、他教科や実生活でも実践すれば、論理的思考力は自ずから身につくのです。
では、本題に戻って「なぜ相対評価は絶対的観点別評価に変わった」のか。
――ですが、ここで突然中断いたします(理由は後記に書きます)。
私の考えは次号に回してこれから二つの文章を紹介します。
一つは成績制度を決めた本家本元文科省の解説。もう一つはとある会社が作成した「人事評価制度における、絶対評価と相対評価の違い」なる文章です。論理的思考力をもって二つの解説を読み比べてください。
〇 文科省、絶対評価と観点別評価の解説
まず絶対評価や観点別評価について文科省の見解です。
同省のホームページ「学習指導要領について」――「よくある質問と回答」中に「Q&A」として「絶対評価とは、なぜ相対評価から絶対評価に変わったのか」など解説されています。
そこから関連する部分だけ取り上げて掲載します。
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Q 子どもの評価が「相対評価」から「絶対評価」に変わったと聞きましたが、どう変わったのですか、また、その理由は何ですか。
A 新学習指導要領においては、基礎的・基本的な内容を確実に身に付けさせ、自ら学び自ら考える力などの「生きる力」を育成することを重視していることから、評価についても、学習指導要領に示す目標に照らしてその実現状況を見る評価を一層重視することが重要となります。このため、指導要録においても、これまでの考え方を更に発展させ、従来から「目標に準拠した評価」による「観点別学習状況の評価」に加え、「評定」(各教科の学習状況を総括的に評価するもの)についても、「集団に準拠した評価」(いわゆる相対評価)から、「目標に準拠した評価」(いわゆる絶対評価)に改めたところです。
その主な理由は以下のとおりです。
ア.児童生徒一人一人の進歩の状況や教科の目標の実現状況を的確に把握し、学習指導の改善に生かすことが重要であるが、そのためには、目標に準拠した評価が適当であること。
イ.学習指導要領に示す基礎的・基本的な内容の確実な定着を図る観点から、児童生徒が学習指導要領に示す内容を確実に習得したかどうかの評価を一層徹底する必要があり、そのためには、目標に準拠した評価が優れていること。
ウ.各学校段階において、児童生徒がその学校段階の目標を実現しているかどうかを評価することが、上級の学校段階の教育との円滑な接続に資する観点から、重要となっていること。
エ.新学習指導要領では、習熟の程度に応じた指導など個に応じた指導を一層重視しており、学習集団の編成も多様となることが考えられるため、指導に生かす評価の観点からは、目標に準拠した評価を常に行うことが重要となること。
オ.少子化等により、かなり広範囲の学校で、学年、学級の児童生徒数が減少してきており、評価の客観性や信頼性を確保する上でも、集団に準拠した評価によるよりも、目標に準拠した評価の客観性を高める努力をし、それへの転換を図ることが必要となっていること。
Q 「目標に準拠した評価」「集団に準拠した評価」「個人内評価」について、それぞれどのようなものか教えてください。
A 「目標に準拠した評価」(いわゆる絶対評価)は、学習指導要領に示す目標がどの程度実現したか、その実現状況を見る評価のことを指します。一方、「集団に準拠した評価」(いわゆる「相対評価」)は、学年や学級などの集団においてどのような位置にあるかを見る評価のことを指します。また、「個人内評価」は、児童生徒ごとのよい点や可能性、進歩の状況などを積極的に評価しようとするものです。
各学校においては、目標に準拠した評価を一層重視するとともに、個人内評価を工夫することが求められます。
Q 子どもの成績を「観点別学習状況の評価」と「評定」で評価していると聞きましたが、どのようなものなのでしょうか。
A これからの社会を生きる児童生徒にとって身に付ける必要がある学力は、知識・技能のみならず、学ぶ意欲や思考力、判断力、表現力などを含む幅広い学力です。このような学力がどの程度身に付いているかを的確に把握するため、学校においては、従来から、「関心・意欲・態度」「思考・判断」「技能・表現」「知識・理解」の4つの観点から見た学習状況の評価(観点別学習状況の評価)を基本としています。(観点の数は教科によって異なっているものもありますが、観点別学習状況の評価の考え方は各教科共通です。)
「観点別学習状況の評価」は、各教科の学習状況を分析的に評価するものであり、学習指導要領に示す目標に照らして、その実現状況を観点ごとにA、B、Cの3段階で評価するものです。
「評定」は、観点別学習状況を基本として、各教科の学習状況を総括的に評価するものであり、小学校(第3学年以上)では3、2、1の3段階、中学校では5、4、3、2、1の5段階で評価するものです。従来は、「集団に準拠した評価」によっていましたが、今回の指導要録の改善により、評定についても「目標に準拠した評価」を行うこととなったところです。
Q 最近、子どもたちの学力が低下しているという指摘を聞きますが、本当ですか。
A 文部科学省が実施・参加した全国的・国際的な学力調査によると、日本の子どもの成績は、国際的にみてトップクラスにあります。
ただし、学力面での多くの課題も浮かび上がっており、
1 暗記や計算は得意だが、判断力や表現力が身についていない
2 勉強は大切だと思っているが必ずしも好きだと思っていないなど、子どもの学習意欲が低い
3 学校の授業以外に勉強を全く又はほとんどしない子どもがかなりいるなど、子どもに学習習慣が身に付いていない
4 子どもたちの学びを支える自然体験、社会体験、生活体験が不足し、人やものとかかわる力が低下していることなどがわかっています。
これらの課題を克服するためには、今後とも、全国的な学力調査を通じて、子どもたちの学力の状況を継続的に検証するとともに、各学校で創意工夫を生かした「わかる授業」を行い、子どもたちに思考力・判断力・表現力や学ぶ意欲などの「確かな学力」を育むことが必要です。
Q 「確かな学力」とはどのような力ですか。
A これからの子どもたちには、基礎的・基本的な「知識や技能」はもちろんですが、これに加えて、「学ぶ意欲」や「思考力・判断力・表現力など」を含めた幅広い学力を育てることが必要です。これを「確かな学力」といいます。
大学や企業の人事担当者も、今の子どもについて論理的思考力や問題発見力、行動力・実行力などについて課題があると指摘しています。また、全国的・国際的な学力調査では、今の日本の子どもたちは、学ぶ意欲や判断力、表現力に課題があることが指摘されています。
各学校では、子どもたち一人一人に応じて指導するなど「わかる授業」を行い、「確かな学力」を育むことができるように努めています。
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以上、文科省ホームページにある「成績評価」システムの解説でした。
どうでしょう。「なるほどよくわかった」とのつぶやきが漏れたでしょうか。
この解説によって「なぜ相対評価が絶対評価に変わったのか、観点別評価が新たに加えられた理由」について納得できたでしょうか。
私は「どこかおかしい、何かが語られていない」と感じました。国会における政府答弁と似ています。
さて、もう一つは「(株)あしたのチーム」さんが作成したビジネスマン向けの文章です。会社における人事評価について絶対評価と相対評価の違いを解説しています。正直、文科省の解説よりよっぽどわかりやすいと感じたのは私だけでしょうか。なお、小見出しの番号は私がつけました。
〇 「人事評価制度における、絶対評価と相対評価の違い―― メリット、デメリット」
(「あしたの人事」(株)あしたのチーム(2019/12/23)
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人事評価において、絶対評価と相対評価のどちらが優れているのかという議論は長く続いています。どちらにも一長一短ありますが、現在の経営環境をふまえると絶対評価を推す声が多いのが実情です。それは中小企業においても例外ではありません。
絶対評価と相対評価それぞれの特徴と、絶対評価が重視されるようになった理由についてみていきましょう。
1 絶対評価と相対評価の違い
人事における絶対評価とは、設定された目標をどの程度達成できたかによって処遇を決定する評価方法です。目標をクリアすれば高評価がつき、未達成だと低評価がつきます。他社員との比較ではなく、評価基準に従って一人一人を客観(絶対)的に評価するので、周囲の成績に左右されることはありません。
評価基準は一律ではなく、部門や職種あるいはポジションによってそれぞれ作成されます。スポーツに例えると、42.195キロを〇時間〇分以内に走ればオリンピック出場資格を与えるというものです。
それに対し相対評価とは、他者との比較により評価する方法です。「AさんよりBさんの方ができた」「CさんはDさんよりできなかった」と、集団の中で順位を決めることで優劣をつけます。オリンピック資格は上位5人に与えるというのが、分かりやすい例です。
相対評価においては、例え自分の目標を達成しても、他にそれを超える結果を出した社員がいれば評価は下がります。逆に、未達成でも周りの結果がそれよりも悪ければ、相対的に評価が上がります。
相対評価は、評価する側からすると判断がしやすいのが長所ですが、される側からすると分かりにくいという短所があります。頑張っても評価されない時もあれば、手を抜いても評価される時もあるためです。何をもって給料が上がるのか明確でない状態は、モチベーションを著しく低下させます。
絶対評価(のまとめ)
方 法=期首に立てた目標の達成度で評価する。
メリット=目標を達成すれば、他の被評価者に関係なく評価されるためフェアで納得感がある。
デメリット=昇給原資との調整が困難である。
(御影注……全員が目標を達成すると、全員の給料を上げねばならないから)
相対評価(のまとめ)
方 法=被評価者の順位付けにより優劣を決定し評価する。
メリット=順位付けで評価を行う為、定められた給与原資の枠内での分配が容易である。
デメリット=フェアな評価とはならない場合がある。部下の給与を上げるために甘めの評価になる。仮に全ての社員のパフォーマンスが期待外れであっても、順位付けにより高評価者が発生する。
2 絶対評価が重視されるようになった理由
人事においては、絶対評価を取り入れるべきだという考えが主流になってきています。その理由は、絶対評価の持つ透明性にあります。
どのような基準に基づいて、どのような結果になったのかが明らかであれば、人事評価に対する信用度が上がります。
社員がきちんと評価されている実感を持てなければ、どんな制度もうまく機能することはないので、透明性や客観性は不可欠な要素と言えるでしょう。
絶対評価を取り入れることによって、社員のパフォーマンスが上がることも期待できます。
具体的な方向性を示すことで必要な業務に集中でき、無駄な業務が減ります。自身の目標の達成が組織にどのような結果をもたらすかをイメージできれば、モチベーションの向上にも役立つでしょう。
その結果、組織全体の力が最大限に発揮できます。
学校現場においても、相対評価より絶対評価を採用する動きが見られます。
学校では、学年や学級などの集団においてどのような位置にあるかを見る「集団に準拠した評価」(=相対評価)が長く重視されてきました。
しかし、少子化に伴い個性を重視したり、評価への信頼性を高めたりする必要が生じたことから学習指導要領が改正され、2002年以降は「目標に準拠した評価」(=絶対評価)による成績評価へと大きく流れが変わりました。
企業においても学校においても完全に相対評価がなくなったわけではありませんが、全体としては絶対評価を重視する傾向が強くなってきているのは確かです。
3 絶対評価運用のポイント
中小企業も例外ではありません。社員が1人でもいれば、絶対評価の導入が求められます。
「個人に対して正当な評価を行い、報酬によって応える」という姿勢は、従業員の規模とは無関係に必要だからです。少ない社員だから手厚く人事評価ができるという自信は、「人数が少ないから相対評価が簡単」と言っているにすぎません。
もちろん、絶対評価を導入すれば万事うまくいくわけではありません。運用においては、さまざまな課題が存在します。まず、目標や評価基準は単純な業務成績だけでなく、プロセスや行動レベルまで考慮することが求められます。
1990年代に多くの企業がアメリカ式成果主義を導入した際、社員が自身の業績を重視するあまり部下の育成に消極的になるなど、間違った個人主義が横行しました。
そのため、業績評価だけでなく、それを生み出すプロセスや適性などを踏まえた行動評価も、併せて行う必要性が明らかになりました。
また、目標設定は社員それぞれに対して行われなければなりません。所属する部門や職種、勤続年数やポジションによって求められる要素やレベルは異なります。技術部門1年目の社員と営業部門の10年目の社員では、越えるべきハードルが違うのは当然のことです。
以上のことから分かるように、人事における絶対評価は運用上の負担が大きいのが実情です。それだけに、人事評価は単なる給与査定ではなく、人材育成も兼ねていると考えるべきです。
絶対評価においては、経営者と社員の間で目標に対する合意が取れていることが非常に重要です。経営環境や個人の適性から評価基準を交渉・共有化し、評価のフィードバックを行うことは、社員の育成に大いに役立つと考えられます。
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以上「あしたのチーム」さんによる絶対評価と相対評価の解説でした。マラソンを例として説明したところなど、文科省の解説よりよっぽどわかりやすいですね。採点すれば、文科省のはかろうじて可の60点、こちらは優の80点でしょうか。
これを受けての考察は次号といたします。
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最後まで読んでいただきありがとうございました。
後記:今号を読まれて、本稿『一読法を学べ』は全体が完成しているわけではないことがおわかりいただけたと思います。ある意味、その都度立ち止まって執筆している一読法的執筆姿勢です。
二週間前から本日の締め切りに間に合う予定で書き始めました。ところが、先週からほぼ一週間別の仕事が入り、こちらを完成させることができませんでした。
別の仕事とは実家裏にある畑を耕し、夏野菜の苗を植え付けることです。この時期にやらないと、トマトやキュウリ、ナスなどが食べられません。もちろん無農薬です。決して広くないけれど、全て手作業だし、肉体労働が苦手なため、30分やったら30分休む……ようなていたらくゆえ、時間がかかります。
このようなわけで、後半は参考文献をそのまま掲載することにしました。読者各位はどのように読みとったか。次号私の考察と比べてみてください。
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「一読法を学べ」 第 41 へ (5月29日発行)
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